㉛あの星空は夢かうつつか

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

あの星空は夢かうつつか

バーチャル・リアリティ(VR)は

仮想現実と訳されます。

しかし、バーチャルは

「実質的」とか「実際の」という意味があるので、

「仮想」という言葉を当てはめることに

私はいささかの違和感を覚えます。

VRは特にゲームを相当程度にまで高度化し、

世界保健機関(WHO)は、

そんなゲームへの依存を病気の一つと

認定する方針だそうです。

VRは仮想の枠に収まらず、

実体を動かす力を持っているのです。

夢と現(うつつ)を行き来する

人間の不安定さや危うさは、

古くは荘子の説話「胡蝶の夢」から

映画「マトリックス」などでも

描かれてきました。

夢に遊びたいのなら

現(うつつ)に戻る手がかりを

持っておくことは大切です。

 先日、降るような星空を体感しました。

これで3度目です。

といっても、三重県津市にある

岡三証券本社ビルのプラネタリウム、

いわばVRの古典です。

芸術や教育活動を支援する

メセナとかCSR(企業の社会的責任)を

果たすための施設で、

上映会のお誘いを受けたのでした。

団体客の予約があったのでついでに、

というわけです。

ところが、大阪北部地震で交通ダイヤが乱れ、

団体客はキャンセル。

結果、私一人の貸し切りとなりました。

 

座席をめいっぱい後ろに倒すと、

やがて照明が落ちました。

穏やかな星空案内の声を聞きながら、

浜辺で日が沈み、夜が更け、

空を渡っていく星々を眺めること1時間。

やっぱり終盤で寝てしまいました。

実は2回目の星空体験だった

20年ほど前も寝落ちしたのです。

あれは兵庫県明石市の

天文台に併設されたプラネタリウム。

開始早々でしたね。

星空の下でものすんごく

リラックスできたのです。

癒し効果ですな。

プラネタリウムとはいえ、

私が星空に求める効果を

実質的には得ていたのです。

 

 ゲームに興じる人も、

カーレースとか戦闘行為、

ネットを介した仲間作りで、

達成感やスリル、

居心地の良さを実質的に

手に入れているのでしょう。

人は五感を使って収集した情報を

脳の中で整理しながら世界を解釈し、

それを手がかりにものを考え

人格を形作ってゆき、

そして現実世界に働きかけるものだ…と

考えてみましょう。

突き詰めれば、

体験が仮想であれ実物であれ、

情報が脳に信号として達した後は

同じ働きをするのではないでしょうか。

 しかし、仮想に引きずられた世界が

脳の中に構築されていくと

困ったことになる、

と分かってきました。

ゲーム依存は健康や対人関係に

悪影響をもたらすとされます。

一生に1度も経験できないようなことを

制約なく何度も繰り返して、

感覚を麻痺させたり、

非現時的な思考に陥ったりしないためには、

やっぱり現実から受け取る感覚を

頭の中のどこかに

持っておくことが必要だと思います。

 

私の「降るような星空」体験でいうと、

3回目と2回目はプラネタリウムでしたが、

1回目は子供のころ、

多分40年ほど昔になります。

父の実家に行ったときのことでした。

そこは瀬戸内海に突き出た

香川県荘内半島の先端にある小さな集落で、

最寄りの駅から

1日に数本出るバスに乗って

つづら折りの道を

1時間以上かかるド田舎。

夜、見上げると、

図鑑で見たような星空が広がっていました。

天の川がなぜか

怖かったのを覚えています。

押しつぶされそうで。

あれ以来、

恐ろしいほどの美しさを

体験したことはありませんが、

そのような美は現実に存在するのだ、

ということが

私の脳には刻み込まれています。

だから、プラネタリウムで

ドーム上の天井を見上げたとき、

ひそかに頭の中で

本物の降るような星空を再現し

「体験」できました。

はっきり仮想だと自覚した遊びです。

ゲーム依存症の心配がある人は、

ぜひ何か手に負えないほどの

本物を体験することをお勧めします。

おいそれとできることではありませんが、

仮想を本当に楽しむためにも。

現実には見るのが難しくなった「本物の」星空を楽しませてくれるプラネタリウム

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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