⑨税制改正はガス抜きの季節?

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

税制改正はガス抜きの季節?

経済記者にとって毎年恒例の大仕事の一つに

税制改正の取材があります。

12月になると毎日のように

関連する記事が掲載されます。

内容は込み入っているのですが、

まめにチェックすると、

国はどうやって動いているのかが見えてきます。

個人的にはお勧めの記事群です。

その楽屋裏はというと…。

 「先生、先生、今年度で終わる○○減税ですけど…」。

何年か前、財務省を担当していた私は、

気がつくとトイレで

自民党税制調査会(自民党税調)の

幹部議員の横に立っていました。

「なんだ君は!」。

スラックスのファスナーに掛けた手を止めて

にらみつけてきました。

そりゃ怒りますよね。

でも、こちらも必死なのです。

 「税は政治」「代表なくして課税なし」

の言葉がある通り、

税制をどうするかは民主主義国家にとって

非常に重要な政策課題です。

ところが、

日本でそれを実質的に取り仕切るのは、

自民党税調の幹部3、4人ほどです。

長老格の議員で「インナー」とも呼ばれ、

12月に入ると非公式会合を重ねます。

会合には財務省の幹部も出席し、

税制を変えると税収はどうなるのか、

景気への影響は、過去との整合性はどうなのか、

自民党の支持率への影響、

野党の攻勢も見極めながら検討を重ねます。

平行して公明党の税制調査会とも

すり合わせをします。

税制改正の取材では

インナーが肝になるので、

会合場所を突き止めて

「先生、先生」とつきまとい

「なんだ君は!」となります。

結構なお年の議員が、

私を巻こうと赤坂のホテルの中をぐるぐる回る姿は、

失礼ですが滑稽で、

年末に疲れ切った私にとっては

一服の清涼剤となったものです。

一方で中には長老らしく鷹揚な人もいて

「○税か。わしゃ、(2つの案の)中間(の税率)が

ええと思とるんじゃ」などと

ヒントをくれたりします。

インナーで大体まとまると、

ほかの議員も出席する会議を

自民党本部で開きます。

このときは、いろんな業界団体が押しかけて、

会議室に入る議員に声援を送ります。

「うちの業界が得する減税をお願いします」

という内容です。

廊下は熱気むんむん。

ドアは閉められます。

が、会議の声は漏れ聞こえます。

議員もそこは分かっているので大きな声で発言し、

業界のために戦っていることをアピールします。

とはいえ、

実際のところ会議はほとんどお芝居、

ガス抜きの場です。

長老が、

項目ごとに○(マル=要望に沿って改正する)、

△(三角=来年以降、再検討)、

×(バツ=却下)と

次々と裁定を下していきます。

そして公明党の合意を取り付け

「与党税制改正大綱」としてまとめ、

内閣が追認し「政府税制改正大綱」となり、

それに基づく法案が国会に提出されます。

財務省も確認済みの与党大綱の引き写しですから、

内容はそのままに国会を通過します。

自民党税調とは別に、

首相の諮問機関である

政府税制調査会というのもあります。

自民党税調が族議員の上に立って

税制の具体的な内容を決めるのに対して、

学者が委員を務める政府税調は

中長期的な指針を提示するのが役目。

しかし、

長らく自民党税調のトップを務めていた

故・山中貞則氏はこう言い放ちました。

「政府税調は軽視しない。無視する」。

気持ちいいほどの言い切り方で

「山中貞則ってすごいよな」

と受け止められました。

何しろ、小泉純一郎氏は首相時代、

山中氏と会談する際、

首相官邸に呼び出すのではなく

自ら足を運んだほどです。

税制改正はそれほど重い仕事で、

産業界ににらみを利かせる

与党の力の源泉なのです。

しかし今では党税調、

そしてインナーの力も衰えたとされます。

代わって首相官邸がぐいぐい議論を進めます。

ここに安部首相の強さが

端的に表れていますね。

自らの支持率の高さを背景に、

選挙の公認、人事権を駆使して

圧力をじわじわ掛けるのです。

 税をめぐる与党内のパワーゲームは、

しかし、決裂とは無縁。

決定的な敗者を生まない微妙な言い回しが

ふんだんに使われてきました。

いわゆる「霞が関文学」。

見事としかいうほかない

官僚の文才が発揮されます。

例えば「軽減税率導入は消費税率引き上げ時」の一文。

引き上げと同時なのか、

引き上げが終わって一定期間が過ぎた後なのか、

どちらとも読めます。

でも難しい課題に取り組む姿勢は

アピールできる。

 

こうした動きに

毎日どっぷりつきあう記者の書く記事は、

底なし沼のように

難しくなっていく傾向があります。

各社の報道は

重箱の隅をつつくようになっていき、

同じ日の各新聞を並べてみると、

どれが重要なのかよく分からない、

といったことも少なくありません。

で、編集局のお偉方は言うのです。

「分かりにくい記事だ!」。

どれだけややこしいか知ってるくせに。

ガス抜きでしょうか。

税制改正論議の進行を伝える各紙朝刊。同じ日の取材成果なのに視点がまったく違う

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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