①面白いことを創ろう

「面白いことを創ろう」

東日本大震災が起きる前、原子力関連の取材に向かったときのことです。

青森県六ヶ所村で、

バスの窓から「押し花展」の手作りポスターが見えました。

その時思ったのは、非常に偉そうなのですが、

「手間をかけても人なんて大して来ないだろうに」。

周辺には、他にこれといった産業がなく、

活気らしきものが感じられません。

しかしなぜかその時、何かが心にひっかかり、

車窓に流れる景色を眺めながら

「押し花展を主催するのはどんな人?

元気な世話好きおばちゃん? 都会から移住してきた若者?」と

しばらく想像をめぐらせたのです。

新聞記者というのは、有名人、有力者、

事件やニュースの渦中の人に会う、

そうでない場合は「何か面白いことを仕掛けている」とか

「これから名前が売れるかもしれない」という人たちをつかまえて、

記事にするのが主な仕事です。

駆け出しのころは地方都市で「○○町で押し花展」のようなことも書きますが、

経験を積むと大阪や東京に活躍の舞台を移して、

より大きなニュースを書くようになります。

そうして取材も効率化していき、

題材に対しても「面白くない。これでは記事にならない」と

見切りをつけるのが早くなります。

私自身にもそういったところが大いにあり、

あの時見た六ヶ所村の手作りポスターは「面白くない」素材としか思えませんでした。

なのに、なぜ心に引っかかったのか。

自分の中の衰退する地方への憐れみのような感情が、

そうさせているのだろうと当時は片付けていました。

のちに私も、若手記者の指導をする立場になりました。

そこで最ももどかしいのは、

「面白がろうとしない」若手がいることでした。

彼らより経験を積んだ私から見ても、見切りをつけるのが早いのです。

「大きな仕事をしている」政府のお偉方が、

いろんな批判を外野のヤジのように扱って切り捨てるのと

通底するものがあります。

これではいけないでのはないか。

そう思っていた矢先でした。

「じっと観察すると面白い人が結構いるんですよ、ここには」。

つい最近、私が新しく赴任した三重県津市のオフィスに、

船会社の方が来られて熱く語りました。

「でも、このままではいけない。

何か面白い仕掛けをして街を盛り上げたい」。

船会社は鉄道やバスも手がけるグループに属していて、

その方は以前、廃線間際のローカル鉄道の再生も担当されたそうです。

これからのアイデアもいろいろと披露してくれました。

聞きながら不遜にも、「それはどうかな」と思ってしまった。

しかしすぐに「アカン!俺も、俺が嫌いな若手みたいになっている」と

思い直しました。

「面白いことを創ろう」というのは、人間の本能かもしれません。

そして、あらゆる土地であらゆることの起点になるものでしょう。

青森県六ヶ所村で見かけた手作りポスターが心に引っかかっていた訳を

自分にとって新天地となるこの「津」という小さな街で、

少しだけですが解明することができたように思います。

赴任して早々の約25万人が訪れたという「津まつり」。昼間に飲むビールは、どこに住んでもウマいのであります

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

 

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