㉗「こんなはずでは…」にならないために

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

こんなはずでは…にならないために

地方都市にとって、

人口減をいかに食い止めるかは大きな課題です。

地元に戻ってきて就職するのなら

引っ越し費用を補助しましょう、

よそから移住するのなら

住宅を安く貸しますよ、

就職の斡旋もしましょうか…

と、あの手この手で

住み続けてくれる人を

呼び込んでいます。

しかし、人口減のトレンドを

逆転させるほどの力はありません。

豊かな暮らしを求めて移住しても、

いずれは過疎の現実と

向き合うことになるでしょう。

そのときのために今何をしておくのか、

は当面の移住支援策よりも

重要なのではないでしょうか。

 自治体の移住支援策は充実する一方です。

成果もあがっているようで、

首長さんたちも誇らしげに

何人が移住優遇策を利用しているかを発表します。

移住者向けの空き家のデータベースも充実。

テレビ番組のおかげで、

古い住宅でも手入れすれば

素敵な住まいに変身することは

よく知られるようになり、

中古住宅への抵抗感も昔ほどではないでしょう。

しかし、心配な点もあるようです。

ある自治体の幹部が、

移住者に関するざっとした分析を聞かせてくれました。

「30代までの何らかのスキル(技術)を持っている人たち、

あとリタイアした高齢者。

この2つに偏っている」。

アーティスティックな活動や

伝統工芸に携わったり、

農業、漁業などに挑戦する意欲がある若い世代と、

退職して田舎でのんびり暮らしたい

高齢者の移住が目につくそうです。

半面「学校に通う子供がいる

世帯の移住は少ない」と。

 

子供を都会の有名な進学校、就職に

有利な大学にやりたいという考えはごく一般的で、

そうなると地方は不利です。

賃金も都会の方が高い。

結果、体力、経験、知識を

ほどよく備えた中年世代は

少なくなりがちだというのです。

さらに「移住してきた人が地域の習慣になじみ、

うまく付き合いができるか、

という心配もある」とも。

 それに、やっぱり地方都市の

人口減は続いています。

前年度20人だった移住受け入れが

今年度は40人となると、

市長さんや町長さんは胸を張れるでしょうが、

効果は限られています。

豊かな暮らしを求めて移住してきた人たちが、

近い将来に過疎、衰退に直面したとき、

どう思うでしょうか。

「こんなはずではなかった」

ということにならないか。

移住者が増えて地域が活性化し、

さらに人口が増える、

というのは夢物語。

何しろ日本全体の人口が減るのですから。

そこで考えなければいけないのは、

衰退を前提にしたまちづくりではないでしょうか。

 

三重県のある幹部職員も

「縮小均衡も考えないと、とは思っています。

政治家は気が進まないかもしれませんが」

と話していました。

衰退を見越していないとこうなる、

という格好の例の一つが、

私の育った大阪南部のベッドタウンです。

かつてのニュータウン。

しかし今、住んでいるのは高齢者ばかりです。

住宅地を縦に貫く太い道が一本通っていて、

昔は夕方に不動産開発業者が

駅から無料のバスを運行していました。

しかし、通勤する人が減ったためか、

もうありません。

空き家は増え、酒屋さんとか八百屋さん、

子供の頃にマンガを買った本屋さんは廃業しました。

買い物はショッピングセンターに

クルマで行かなければなりません。

山を切り開いて造成した土地なので、

坂道ばっかり。

そのうえ、造成した当初は

マイカーの普及率もさほど高くなかったので、

バス道以外は道幅も狭い。

私の親のような年寄りは

事故の不安を抱えながらハンドルを握り、

「運転ができない身体になったらどうするのか」

は考えないようにしている。

私は帰省するたびに

「ひょっとして、

このまちは役目を終えたのかも」と思うほどで、

「子どもたちを連れてここに戻ろう」

とは考えられません。

人口推計はかなりの精度で当たります。

それに従えば、住宅や学校の必要数も分かるし、

公共交通機関の採算が合わなくなる時期、

といったことも見当がつくでしょう。

無人運転などの技術と

多様化する金融を組み合わせれば、

衰退の波をうまくしのげるような

インフラ整備への投資もできるかもしれない。

サービス満点の移住支援策ばかりではなく、

決してバラ色ではない未来予想図と

対応策を示しておくことは、

まちを生かし続けるのに必要だと思います。

「こんなはずでは…」を避けるためにも。

人もまばらな津市の砂浜。のんびり暮らすには良いところです

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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