⑲青春時代!

東日本大震災で被災し、避難所で3ヶ月、仮設住宅で3年間暮らしたお寺の和尚が、奇跡の一本松や巨大なベルトコンベアで全国に知られることとなった故郷、岩手県陸前高田市のことを書いていきます。フレンチブルドッグのハナさんは震災でかつての愛犬を亡くした和尚のために、妻と娘たちが連れてきてくれた新しい相棒です

青春時代!

青春時代とはいつ頃の年齢を言うのだろう。

調べて見ると思春期から20代半ばとある。

突然こんなことを考えたのは

「遠ざかる青春」という

エッセイを読んだからである。

誰にでも青春時代があったのだから

俺にだってあったはずと思ったのである。

2月末に親戚の葬儀があり東京へ行った。

その時に目的地まで

地下鉄で二駅隣の巣鴨に宿をとった。

巣鴨といえば、

おばあちゃんの原宿と言われる

地蔵通りがあるところである。

お年寄りとすれ違いながら、

みんなにも青春時代があったんだろうな!

と思いながら、私の母校、

大正大学がある西巣鴨までぶらぶら。

ここで生活したのは40年も前のことで、

当時あった店はなくなっていた。

大学構内にあった学生寮で2年、

近くのアパートで2年暮らした。

寮生活は上下関係が厳しく

辛いこともあったが楽しい時間であった。

酒もこの寮生活で覚え、

意外と飲めることがわかった。

おかげで先輩に気に入られ

もう時効であるから告白すると、

未成年ながらあちこち飲み歩いた。

祖父も、父も同じ大学で、

この寮で生活をした。

1、2年生は先輩にこき使われ、

3年生になると後輩を使えるので

3年生になるのが楽しみで、

このまま4年生までいてやろうと心に決めた。

ところが寮の取り壊しが決まり、

あえ無く退寮となった。

 

東京での生活で一番長くいた場所が

大学構内である。

その大学も近代的な建物に変わり

面影があるのは銀杏並木だけ。

講義の合間は寮に戻るので

同級生とお茶を飲むこともなく

友達も多くはなかったが、

僧侶になるという

将来の目的を持って入った大学なので

充実した青春時代であった。

なんちゃって!

楽しかったな。

先日は仕事で芝の増上寺に行く用事があり

その時もまた、地下鉄1本で行ける巣鴨に宿をとった。

懐かしい『ファイト餃子』にも行ってきた。

昔のようにたくさん食べることはできなかったが

美味しく食べてきた。

そんな青春時代を懐かしく振り返っているところへ、

「還暦を祝う会」のお知らせが届いた。

もうそんな歳になるんだな、

震災で亡くなった同級生もいる、

病死や事故でも友達を失っている。

むかしむかしの話、

病気のこと、

飲んでる薬の話や

孫の話で盛り上がるんだろうな。

今までついていけたのは、

病気や薬の話だけだったが、

今年は孫の話にもついていけそうである。

鼻垂らし小僧やお転婆娘たち時代に戻り

楽しいひと時を

震災で大きく変わった陸前高田で過ごす!

東京にある増上寺での法要。一番背が高い僧侶が筆者

1958年生まれ。岩手県陸前高田市にある浄土寺の住職。以前は併設の幼稚園で園長も務めていたが、東日本大震災で寺は大規模半壊、園舎は跡形もなく流され現在休園中。奇跡的に家族の中には犠牲者が無かったが、愛犬一匹を失い、自身も避難所で3カ月、仮設住宅で3年間の生活を余儀なくされた。最大規模の被災地にある寺の住職として、犠牲者の魂や遺族たちの心を支え続けている。現在は妻と震災後にやってきたフレンチブルドッグのハナちゃんと生活。3人の子どもたちは成人し、それぞれ東京などで暮らしている。

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