⑮まだまだ続く、ビザ取得戦

東日本大震災が起きるまでは、福島県との県境に近い宮城県丸森町の里山で、家を手作りし、自給自足に近い生活を送っていた5人家族。原発事故の一報を受け、夫の母国、イギリスへ渡ることを決断。着の身着のまま日本を脱出したあの時から今日までを妻であり母である、チエミが振り返ります

まだまだ続く、ビザ取得戦

失効の数日前に滑り込み申請をした

イギリスでの婚姻ビザ。

あれから約3週間後、

移民局から一通の手紙が届きました。

「おっ!早い!良い知らせ?」と

ちょっと期待して封を開けると太文字で

「あなたが支払った申請料は不足しています」

という一文が。

一旦思考停止しました。

だって、夫のギャビンさんにも

何度も確認してもらい、

確かにに書類に書いてある

申請料を振り込んだはずです。

すぐにまた書類を調べてみましたが、

やはり申請料として記載されているのは、

私がすでに支払った金額で間違いありません。

更に送られてきた書類を読み進めると、

いくら不足しているのかは書いておらず、

「以下のウェブサイトを確認するように」

とだけありました。

 

恐る恐るそのサイトを開いてみると、

そこには初めて見る情報が。

2015年からの新しい規定で、

移民は健康保険料として

年間200ポンド(日本円で約34,000円)×申請するビザの有効年数を

支払わなければならないと書かれています。

突然後ろから頭を殴られた気分でした。

例えば飲食店での会計で、

伝票に3,000円(税込み)と

書かれているから3,000円払ったら、

「足りません。いくら足りないかは自分で考えてください」

といわれたら、

意味もなくケンカを売られているような気持ちになります。

 

そしてもう一つ、

実はその時に気づいてしまったことがあるのです。

これまで婚姻ビザは3年更新でしたが、

今回から2.5年に短縮されていました。

しかも3年前の更新時より

倍以上に値上がりした申請料を払っているのだから、

有効期限が短くなっているなんて

夢にも思っておらず、

完全にその部分を見落としていました。

まるで、顔馴染みのたい焼き屋さんで

値段が倍以上になったけど

美味しいから仕方ないな、と思っていたら、

こっそりあんこの量まで減らされていたという、

信じていたものに裏切られたような

質の悪い暗ーい気持ちが押し寄せてきました。

 

こちらの医療にお世話になる訳ですから、

保険料を支払うことに関しては

全く異論はありません。

私がこの時抱いたのは、

そのことへの怒りではなく、

できるだけ値上げだと気づかないような場所に

その情報を載せるというやり方。

しかも、不足額とその理由を

最初から手紙に書いてくれれば、

すぐにつじつまを合わせられるのに、

それは自分で探せという冷たさです。

更には、降ってわいたような追加料金の支払いを

心配した長女が、大学進学のために貯めている

自分のバイト料を使って、と

言ってくれた時には、

どうしようもなく情けない気持ちになり、

もう、体の芯から

何かを抜き取られたような状態になりました。

 

ちょっと落ち着きを取り戻した頃、

とぼとぼと、追加料金約10万円の支払いと、

移民認定のために必要な指紋の登録のために

郵便局に向いましたが、

そこで指紋をとられている時も、

犯罪者として扱われているような屈辱感と、

「私はイギリス人家族の一員なのに。。」と、

なんともいえない切なさを

感じずにはいられませんでした。

 

思わず、担当の郵便局員さんに

事の一部始終をぶちまけてしまいました。

イギリス人と結婚していれば

外国人でも自動的にこの国に滞在できると、

ほとんどのイギリス人が思っています。

高額な婚姻ビザの費用と

煩雑な手続きに驚いた郵便局員さんは、

「かわいそうにね。

でも犯罪者は移民が多いから仕方ないのよ。

日本人はいい人よね」と言ってくれましたが、

その慰めの言葉があまりに的を外していたので、

私は決めました。

「今は、正義も平等も人権も諦めるが勝ち」。

自分がこの状況でできる

精一杯の自己防衛策です。

本文とはあまり関係ありませんが、ロンドンの地下鉄内の犬。規則では、介助犬以外はペット用のキャリーボックスにいれないといけないそうですが。。。

【オールライト千栄美】:1972年石巻市生まれ。イギリス人の夫と長女(16歳)、長男(15歳)、次男(12歳)の5人家族。再生可能な環境開発を専門とする夫と共に、“都会とは全く違う環境で行う、ビジネスマン向けリトリート施設の建設”という構想を抱き、2008年、宮城県と福島県の境にある小さな山里に移住。その構想の第一歩として、“西洋と東洋の伝統に自然を融合させた新しい技術”をコンセプトにした家づくりを2011年3月11日午後2時45分(つまり、東日本大震災勃発の瞬間)まで家族で行う。その後、夫の母国イギリスへ。現在は、オンラインで日本に英語レッスンをお届けする【英語職人】を生業とする。https://chiemiallwright.wixsite.com/online-eikaiwa

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