セレンディピティー~特ダネのしっぽ
ふとしたきっかけで、予想もしなかった新しいアイデアや知識に出会う…。
そんなようなことを「セレンディピティー」と言います。
私も、いろんな取材をしていると、
このセレンディピティーを経験することがあります。
つかもうと思ってもつかめないけど、
努力すれば転がり込んでくる可能性もあります。
新薬の開発競争を取材していたときに出会った
ある大手製薬会社の研究者は、
自分の出した成果が本当に新しく
画期的なものかどうかを確認するのに、
特許庁の資料を片っ端から読むのだと言いました。
ページを繰りながら、
およそ自分の研究とは関係のなさそうな分野にも目を通すのです。
すると「使える」アイデアに出会えるという体験を語ってくれました。
この話を先輩の科学記者にすると
「一覧できる紙媒体はいいねん。
狙ったことだけを検索するネットだと、視野は広がらへん」
(ちょっと宣伝をさせてもらうと、
紙の新聞もセレンディピティーのきっかけになるのですよ)
で、私たち新聞記者も
「えっ、そっち?」という方面から情報を得ることがあります。
先日、三重県内のある自治体の首長を訪ねました。
新聞社の人間が「赴任あいさつに」と申し出れば、
エラい人でもたいていは時間を作ってくれます。
いろいろお話をさせてもらって、
私が直前まで経済部に在籍していたことを伝えると、
こんなことを言われました。
「この前、A社の社長が交代したでしょ。あれ、解任ですよ。知ってました?」
業績好調で社長が辞める理由など見当たらず、
そのときA社を担当していた記者も「?」という感じでした。
しかし、その理由を深く追えずに
あっさりとした記事になっていたのです。
「えっ、健康上の理由だと聞きましたが」
ちょっとわくわくしながら、
話を先に進めようと促しました。
「なに、なに、なにがあったんですか」
「あそこ、会長が就任してから長いでしょ。
それで社長が『もうそろそろ、どうですか』って切り出したら激怒。
取締役会で会長が緊急動議を出して
社長を解任に追い込んだんですよ」
まるでドラマですね。
A社は私自身もよく取材した企業のひとつで、
その会長がまだ社長だったころには
何度かインタビューをしたことがあります。
当時は「厳しいけど、なかなか立派な人だなあ」などと思っていました。
しかし、強権発動で自らの地位を守っていたとは。
いつか綻びが出るかもしれません。
なぜ三重県内の自治体の首長が、
民間企業の内幕まで知っていたのかというと、
A社の大きな工場が立地していて、
関係が深かったのです。
A社の人も「ここでしゃべっても経済記者には流れないだろう」と
思っていたのではないでしょうか。
正面からA社の取材だけをしていては、
こんな話を知ることは難しかったでしょう。
守備範囲を定めずにいろんな人に会うことの面白さの一つです。
もう一度、A社の社長交代に関する各紙の記事を検索して見直しましたが、
解任どころか揉めたことをにおわせる記述さえ見当たりません。
ウラ(事実を裏付けるほかの情報)が取れれば書ける。
とはいえ、今となっては鮮度がない話で「ニュース」ではありません。
う~ん、もうちょっと早ければ特ダネだったのに。
次のセレンディピティーはいつだろう……。
いや、そんなオマケに頼っているようではいけませんね。
- 職場には過去の新聞、紙の資料を大量にストックしています。「検索」のつもりが、ついつい読みふけってしまうことも
粂 博之(くめ・ひろゆき)
1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。
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