ご縁から

 

震災があったことで

色々なご縁が生まれた。

とにかく色々なご縁が、

本当に、本当に。

奇縁とはいうが、

今更ながら

不思議なご縁もあるものだ。

普通では絶対にお会いすることがない御方と

会えてしまった。

今上天皇。

そうしてまさかまさかであるが、

お話までできてしまった。

中身は今上天皇とこっそりの事なので、

内緒。

一生の思い出である。

今年はその天皇も、

御退位される。

また別に、

浮き球三角ベースボールに

参加していたことにより

大勢の仲間がボランティアに来たり

支援の品を送ってくれるなど、

助けてもらった。

浮き球の仲間が陸前高田で

誰かお料理教室をやってくれませんかー?と

SNSに投稿してくれた。

それに反応してくれたのが、

エダモンこと料理研究家の

枝元なほみさんであった。

オレンジページという本に

震災関連のコーナーがあり、

この雑誌の協力のもと

ここから色々なご縁ができていった。

この時のオレンジページの担当者、

ライター、カメラマンとは現在も仲良くしていて、

ライターさんは毎年、

3月11日を高田で過ごしている。

浄土宗では福島、宮城、岩手の3県に

現地事務所を置くことにして、

その1つである岩手事務所を

私が住職を務める浄土寺で

引き受けることになった。

所長が私で所員が妻という、

たった二人の事務所であった。

被災者でもある我々が

どれだけのことができるか

不安はあったが引き受けた。

当初の目的は違ったが、

各事務所で被災者支援を目的とする

独自の活動をしなければならないようになり、

他の事務所は数人の職員で

目的に向かって進み始めていた。

我が岩手事務所は

夫婦2人でいったい何を

被災者のために、

被災者と共にやればいいのだろうか。

自らも被災して住むところもなく、

どうしたらいいかと思案した。

そんな中、

エダモンが来て作ってくれたものの中に、

にこまるクッキーがあった。

みんなで作ったら、と

言われたことを思い出し、

相談したところ、

浄土宗の担当部署からもOKが出て、

にこまるプロジェクトの発案者である

エダモンからも許可が下りた。

 

問題は、

クッキーを販売目的で作るには、

場所の諸条件をクリアし、

保健所の許可が必要であるということ。

一時的に、知り合いが所有する加工所を

使わせてもらうことでクリアし

 浄土宗から必要な道具を

買い揃えてもらって

仲間たちと製造開始。

その後、事務所となる

トレーラーハウスを借り受け、

保健所の許可も得て、

本格的に、にこまるクッキーを

仲間や被災した人たちと作り、

僅かだが売上からお給料を、と

これを支援活動とすることに、

浄土宗からも許可を得られた。

ところが問題発生!

不特定多数の人が出入りする中で、

販売するものを作ってはならぬ!と言われ、

仮設住宅に住む婆ちゃんたちと

ワイワイやりながらつくるという夢は

あえなくやぶれた。

5人にしぼって登録し、

細菌検査も受け、

責任者も決めて、

やっと保健所の許可がおりた。

 

注文は全国各地から来た。

作った数は5000袋以上、

手作りで丸めた数は25,000個以上、

よく丸めたもんだ。

中でも 毎年大口は、

大分県からいただく500袋の注文であった。

昼はみんなでクッキーを焼き、

夜に冷めたものを

妻と2人で遅くまで袋詰め。

大変だったけど、今となれば懐かしく、

楽しい思い出である。

にこまるプロジェクトとして、

他の地域でも

にこまるクッキーを作っていたようだが、

おそらく我々が日本一、

製造したことであろう!

そういえば、

クッキーと同じ形をした「にこまるフェルト」も

仙台まで行き作り方を教わったが

商品にはしなかった。

「らっきょう醤油」という商品も

作るよう言われたが、

1度だけで終わってしまった。

 

そのエダモンに誘われて

ご自宅にお邪魔した際は、

料理研究家の彼女が

我々のために料理をつくり、

ご馳走してくれた。

贅沢な夜であった。

明日の朝食にと、

わざわざおにぎりまで作ってくれた。

最終電車にやっと間に合うくらいの時間まで

ゆっくりと楽しい時間を過ごした。

来月は震災から8年となる。

11日は午前11時から法要を行う。

いろいろなご縁で繋がった知人も

陸前高田を訪れ、

法要に参加してくれる。

毎年法要に合わせ、

八丈島のフリージアを

たくさん送ってくれる友人もいる。

震災風化が進む中、

まだ気にかけてくれる人達がいる。

ありがたい。

商品にはしなかったがみんなで作った「にこまるフェルト」。これと同じ形のクッキーをみんなで作って全国に販売。楽しかった!

【著者】菅原瑞秋(すがわら・みずあき)、1958年生まれ。岩手県陸前高田市にある浄土寺の住職。以前は併設の幼稚園で園長も務めていたが、東日本大震災で寺は大規模半壊、園舎は跡形もなく流され現在休園中。奇跡的に家族の中には犠牲者が無かったが、愛犬一匹を失い、自身も避難所で3カ月、仮設住宅で3年間の生活を余儀なくされた。最大規模の被災地にある寺の住職として、犠牲者の魂や遺族たちの心を支え続けている。現在は妻と震災後にやってきたフレンチブルドッグのハナちゃんと生活。3人の子どもたちは成人し、それぞれ東京などで暮らしている。

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