㊵世界遺産と証券市場

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

世界遺産と証券市場

 ワイルドというか

素朴で無骨というか、

そんな石畳の山道を歩きました。

世界遺産に登録されている熊野古道。

熊野三山、高野山、吉野・大峯の

3つの霊場を巡るルートで、

三重、奈良、和歌山県にまたがる

紀伊山地にあります。

私が歩いたのは、

三重県紀北町の麓から

馬越峠(まごせとうげ)を経て

天狗倉山(てんぐらさん)の頂までの往復で、

ほんの5キロほど。

その道々、ふと

東京・兜町の証券街をおもいだしました。

ちょっと似ているところがあるな、

と。

よくもまあ、

と感心するほど

大小さまざまな石が敷かれています。

熊野三山への参詣は

日本書紀にも記述があるほど古く、

その道は長い時間をかけて

整備されてきました。

つぎ込まれた労力は

膨大なものになるでしょう。

私が歩いた日も、

この夏の大雨で

緩んだ所を修復する

作業が行われていました。

重機など入るはずもなく、

補修用の土を詰めた袋を

人手で受け渡ししながら運び、

必要な所に撒いて

槌で固めていました。

コンクリートやアスファルトは

使わないので、

こうした作業はこれからも

何かあるたびに

ずっと続くはずです。

たくさんの人の力を

積み重ねるということは

大したものだなあ、

なるほど人類の遺産とは

こういうものだなあ、

などと感心しながら、

そして石で足を滑らせないように

踏ん張りながら山を下りると

もう膝が笑っていました。

高低差約500メートル。

やわな私にはきつかった。

 

人間の行動が

1つの方向に集約されると、

どんな姿になるのかを

「目にした」ことは

以前にもありました。

まったく違うかたちですが。

 「あぁ、もう止まるぞ」

「本当に?」

「やばい」

「止まった」。

東京証券取引所を担当していた2006年、

システムが処理しきれないほどの

大量の注文が寄せられました。

ライブドアの

粉飾決算疑惑を発端にした

売りが売りを呼ぶ展開。

記者クラブのモニターに

示された数値は

どんどん上昇し、

東証が売買を全面停止するラインに

設定していた値に到達すると、

それを見守っていた記者たちは

しばし固まってしまいました。

投資家、

証券業界も混乱していました。

自分たちの行動が

もたらした結果なのですが、

まるで災害に襲われたような

雰囲気がありました。

「生き馬の目を抜く」

ともいわれるほど

競争が激しい業界ですから、

儲けるときも損失を回避するときも、

人のことなど考えず

我先にと行動します。

システムがパンクするという

「災害」の可能性が見えてくると、

雪崩のように売り注文が流れ込み、

結局、

災害に至ったのです。

 

この少し前から

取引データの急速な膨張に対する

懸念はありました。

ちょっと込み入った話になりますが、

証券会社が大口顧客から、

ある値段で、

ある量の注文を受けた場合、

そっくりそのまま実行すると

値段が大きく動いてしまい、

顧客の要望に添えない

値段での売買をせざるを得なくなる。

そこで値段の変動を

最小限にとどめるため

注文を細かく「スライス」して、

売り買いを高速に繰り返しながら

注文をこなしていきます。

こうした流れは

世界的に強まっていて、

高速化する取引に対応するため

各取引所は

システムを高度化してきました。

一方で、証券会社側のデータ処理も

スピードアップし、

ちょっとした手違いが

被害を増幅させることもあります。

今年9月、東証で

また大規模なシステム障害が

発生しました。

システムの強化に

終わりはないようです。

市場に集まる欲望は

コントロールできない以上、

それを満たしながら

なだめていくしかありません。

証券市場には、

欲望と駆け引きが渦巻いていますが、

経済と暮らしを支える

大きな役割があります。

年金基金や

社会貢献を目的とした基金も

市場で運用されています。

だから、

やはりみんなで

地道に石を積むように

取引所のシステムを

整えていくことは必要でしょう。

熊野古道を支えてきた

力の内奥には、

御利益を求める欲望とともに

「世のため人のため」

といった心意気もあったはず。

人間のやることは

あまり変わりがないようですね。

ただ、今の方が

いささか品格に欠けるところも

あるようですが。

熊野古道の石畳

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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