⑲見えないニュース

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

見えないニュース

こんなに大事なことを

なぜ書いてくれないのか。

新聞社に情報提供やタレコミ(内部告発)をする人は、

その後記事にならないと憤慨します。

当事者にとっては大問題でも、

報じるべきかどうかは

残念ながら相対的に見て判断され、

多くはボツになるというのが常です。

個人的な問題でなくても、

例えば千葉県が東日本大震災で受けた被害については、

東北のそれと比べて

報道される機会は圧倒的に少ないし、

近い将来消滅が確実な限界集落は話題になりますが、

ゆっくりとゴーストタウン化が進む

市街地のことはほとんど放置。

伝える価値はあると思うけど

持って行き場がない、

そんなニュースは悩ましいことに

実はたくさんあるのです。

津波による死者20人、行方不明者2人。

東京湾岸の埋め立て地と利根川沿いは

地盤の液状化で壊滅的な被害を受け、

石油コンビナートでは大規模な火災…。

東日本大震災による

千葉県内の主な被害です。

千葉県民以外でこれらを知っている人は

少ないのではないかと思います。

私は震災が発生した当時は東京で

エネルギー業界の取材を担当していましたので、

千葉のことなど眼中にありませんでした。

それに、あまり報道も

されていなかったように思います。

石油コンビナートの大規模火災も

エネルギー業界的には大ニュースなのですが、

原発爆発と比べるとかすんでしまいます。

首都圏(東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県)では、

東京発のニュースが幅を利かせ、

震災となると東北発が優先されます。

人の命が持つ重みは、

どこであれ変わりありませんが、

数字で整理するととたんに差が出るようです。

恥ずかしながら、

津波の犠牲者が千葉県にもいたことを知ったのは

東京経済部から千葉総局に転勤してからでした。

そして総局にストックしていたDVDで、

東北以外の太平洋沿岸を襲う

津波の映像を初めて見ました。

転勤前から東京都の隣り、

千葉県浦安市に住んでいたので、

千葉県東京湾岸部の埋め立て地の液状化は

よく知っていましたし、

首都圏で頻繁に報じられていました。

しかし、茨城県との県境を流れる

利根川沿いの惨状を知ったのは、

総局に訪れた地元の人たちから

「こんなにひどいのに、どこも書いてくれない」

との嘆きを聞いたときでした。

毎年3月11日には、

千葉県の太平洋を望む地でも

慰霊祭が行われます。

私は、その様子を取材した記者の原稿を手直ししながら、

犠牲者の遺族や復興に取り組む人たちの思いを知りました。

しかし、乱暴に言ってしまえば、

そこで語られていることは

東北とほとんど同じかもしれません。

ならば、東北の様子を報じていれば、

それで事足りるのかもしれない。

そうではないはずですが、

紙面のスペースには限りがあるし、

ニュース番組も時間の制約がある。

優先順位をつけざるを得ません。

過疎化、限界集落といった現象に関するニュースも、

やはり分かりやすい山間部や島嶼部が舞台です。

私が今、勤務している三重県津市は県庁所在地ながら、

中心部の商店街はゴーストタウン化が進んでいます。

いや進みきっています。

転勤してきて初めて知りました。

商店街周辺には市役所、百貨店、地元銀行の本店、

中央郵便局、メガバンクの支店がありますが、

アーケード商店街はほとんど空っぽ。

探検すると個性的なお店もありますが、

一見した人は廃墟と思うでしょう。

「昔は栄えていたけど、イオンができて…」というのが

お決まりの解説。

イオンは三重県発祥で、

県内あちこちに大きな駐車場を備えた店を出しています。

イオン密度は相当なものです。

津市の上層部は

「今も商店街に住んでいる高齢者がいなくならない限り、

再開発はできない。当分はあのまま」とさじを投げ、

三重県の上層部も「津は無理!あきらめた」と笑います。

地元の人たちはのんびり構えていて、

むしろ転勤族の方が心配しているのが実情です。

議員のなり手がいないから議会の廃止を検討する、

という高知県大川村みたいな劇的なニュースもなく、

まちはゆっくりと死に向かっているかのようです。

センセーショナルな報道への批判は、

ごもっとも、よく理解できます。

もっと腰を据えてじっくりと

掘り下げろというのですね。

しかし、読まれる見込みのない記事は書いても仕方がない。

「良い記事であれば認められる、

努力は必ず報われる」は理想ですが、

分かりやすい大事件に居合わせることのできる

ポジション取りをマスターする方が、

賢いやり方だと思います。

とはいえ、ふだんは見えないニュースをどうすくい取るか、

悩みどころではあります。

寂れきってしまった津市・大門商店街。初めて見たときの衝撃は薄れ、日常の風景になってしまいました

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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