㉓老後は82歳から

東京でフリーライターをしていたアラフィフシングル女子。東日本大震災を機に東北へ通い始め、2015年にはついに宮城県石巻市へ移住。現在は庭付き中古一軒家を購入し、会社も設立。愛猫のふーちゃんと共に大海原へ漕ぎだした、そんなドキドキハラハラな毎日を記していきます 

老後は82歳から

ある専門機関のアンケート調査では、

老後に不安を感じると答えた人、

実に9割。

その理由はいわずもがな経済面、

「公的年金では足りない」という声が、

ダントツだそうです。※

伴侶がいても、子どもがいても

会社員でも不安だというのだから、

私のような独身、フリーランスの

アウトローにとってはもう、

「老後」というその言葉自体が

脅迫そのものであります。

直視するのが怖すぎるので、

対策と言えば毎年、七夕の短冊に

「生涯現役」「ピンピンコロリ」と

筆に力を込め

したためるぐらいでありました。

 

しかしながら、

移住した宮城県石巻市で

中古一軒家を購入、

合同会社まで設立するという

自分でも驚くような暴挙に出たこの一年、

今、腹をくくらずにいつくくる!と

半ばやぶれかぶれ、

このどさくさにまぎれ、

自分の中で得体の知れぬ

モンスターと化しつつある

「老後不安」とも決着をつけようと

ついに立ち上がったのでありました。

まずは、

日本初の女性ファイナンシャルプランナー、

中村芳子さんに相談。

そのアドバイスに従い、

自分が将来もらえるであろう

公的年金額をこわごわとチェックします。

すると、

私の場合は国民年金だけなので、

現状のままでは

月に最大5~6万円程度であることが判明。

これは一見、

とても少ないようですが

(実際少ないのですが)

ここ石巻での私の生活費は

以前の記事にも書いた通り、

何もなければ10万円ちょっとで

いけるっちゃいけるので、

生活費の約半分。

思っていたよりも

助けになるっちゃなるのかもしれません。

それでも当然、不足するので、

せっせと貯蓄をせねばなりませんが、

100歳まで生きちゃっても

これだけあれば大丈夫!と

思えるほどの額を貯めるのは、

宝クジにでも当たらない限りムリと悟りました。

そこで、現実的な方向としては

出来るだけ長く働くこと。

ファイナンシャルプランナー、

中村芳子さんによれば、

人生100年と言われる今、

控えめに見積もっても

90歳まで普通に生きるとしたら、

国や家族に養ってもらう「老後」は82歳から。

60代後半からはペースを落とし、

年収100万円程度でもいいので、

81歳までは収入を得ることが

理想的とのことであります。

詳しくは中村さんの著書

 『50代のいま、やっておくべきお金のこと』

(ダイヤモンド社刊)を参考に。

Amazonなどでぜひ、

ポチッとやってみてください。

今の80代はたしかに若い。

実家の親もまさしくその年代ですが

ふたりとも健在どころか、

父はほぼ毎日、市民プールに通い、

母は若い頃からの趣味だった手芸を

ボランティアで同じ高齢者のみなさんに

教える活動を続けているそう。

真面目に会社員生活をまっとうした父、

献身的に支えた母、

昭和の夫婦ふたりで勝ち取った、

安泰の年金暮らしというわけですが、

同じように働けど、

後世の我々はそうもいきません。

少子高齢化が進む日本、

遅かれ早かれ年金制度自体が

限界を迎えるとも。

80代になっても、

自分で収入を得ることが

必須になる時代が来る。

そのことを早く知り、

若いうちから心と体と経済の準備を始めることが

賢明ではないでしょうか。

毎年、七夕の短冊に「生涯現役」と

したためてきた私も、

さすがに82歳という

具体的な年齢の自分を

想像したことはありませんでした。

その時、自分は

いったい何をしているのでしょうか。

思えば私、

気が乗らないことは、

どんなに好条件でもやれない性分。

普通の人は歳をとるほど丸くなると言いますが、

残念ながら、

より頑固になる方に自ら一票を投じます。

ですから私のサバイバル活動は、

80代になってもなお、

心が燃えて突き動かされる、

そんな仕事を今から見つけること。

自分がやりたい、というだけではなく、

社会に必要とされ、

結果収入につながる、

そんな仕事を一生続けられるよう、

もろもろ整えることであります。

前向きに考えれば、

80代でも現役ということは、

50代、60代から全く新しいことを始めたとしても、

まだ20~30年もある。

今からピアノを始めて本気でやれば、

80代や90代でフジコ・ヘミングのような

もの凄いピアニストになることだって、

まったく不可能とは言い切れません。

ここ、東北では7年前の大津波で

子どもたちの小さな命も

たくさん失われました。

その後、熊本地震や西日本豪雨などでも。

一方では、

何度も危険な目にあいながら

結果的に100歳まで生きた、

なんて人もいて、

その理由は神のみぞ知る、

人には予測すらできません。

つまり「老後」という発想は、

自分が長く生きるという

前提で持つわけですが、

実際のところは

今この瞬間にも心臓が止まるかもしれない、

私の人生の幕は50年にも満たず、

40代で突然、

閉じられるかもしれません。

そう思うと「老後」とは、

すべての人に訪れるわけではない、

贅沢な夢。

不安や恐怖に感じるなんて、

もったいな話ですね。

今年は石巻でも猛暑!ですが、風通しのよい昭和の日本建築である我が家は、なんとかエアコン要らず。愛猫たちは毎日、気持ちよさげにお昼寝三昧です

※参照 公益社団法人 生命保険文化センターHP

塩坂佳子(しおさか・よしこ)

大阪府高槻市出身。関西学院大学文学部卒業後はアルバイトなどを経験し、25歳でフリーランスのライター兼編集者として開業。2000年に大阪を出て、友人が住む小笠原諸島父島へ。釣り船の手伝いなどをして島暮らしを満喫、その様子を雑誌に連載するなどして2年間の長期滞在を楽しんだ。その後、板橋区へ移住し、東京でのライター・編集業を本格始動。主な仕事は結婚情報誌「ゼクシィ」や「婦人公論」などで執筆。出版社との契約で中国上海市に1年間駐在、現地編集部の立ち上げと雑誌創刊などにも関わった。

東日本大震災後は、震災ボランティアとして宮城県を中心に訪問。2013年には、上海在住のイラストレーター・ワタナベマキコと共に、東北の名産品をユニークなキャラクターにした東北応援プロジェクト「東北☆家族」を立ち上げ。東京に住まいながら活動を続け、2015年秋に宮城県石巻市へ移住。2年間は主に石巻市産業復興支援員として、復興や地方再生を促す街の情報発信を担当した。2017年9月には『合同会社よあけのてがみ』を設立。現在は、自宅兼オフィスとして購入した築50年の庭付き中古一軒家をDIYでリノベーションしながら、2匹の愛猫・ふーちゃんとクロちゃんと共に暮らしている。

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