④シンパイスナ、アンシンスナ

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

SFが導いてくれる、かもしれない世界

地球に危機が迫る中、

みんなで力を合わせて切り抜ける。

そんなSFの物語は面白いですよね。

科学的な知見でディテールが固められていれば、

時間を忘れて読みふけってしまいます。

人類は豊かな創造力で技術を進化させ、

青い地球とともに歩み続ける、

多少の問題は抱えていても、

いつか乗り越えられる、

そう信じたいですね。

世界が未来の地球を真剣に考えるシーズンがやってきました。

地球温暖化対策を話し合う国際会議「COP23」が

ドイツ・ボンで開かれています。

正式には「国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議」。

190カ国以上の国連加盟国が勢揃いする非常に大きな会議です。

私はデンマーク・コペンハーゲンで2009年に開かれたCOP15を取材し、

その後も温暖化問題をテーマに取材しました。

当時、世界は「原子力ルネサンス」を迎えたという議論がありました。

発電時に二酸化炭素を出さない原発が温暖化対策の切り札になる、と。

米国のスリーマイル島原発事故(1979年)や

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)は遠い昔の話。

電力業界の人たちは「あんな事故は、もう起こらない」

「日本ではあり得ない」と決めつけていました。

そして2011年、東京電力福島第一原発事故が起きました。

私は当時、東京電力担当。

東電本店では連日、朝から深夜、未明まで

断続的に記者会見が開かれました。

東電側の説明は、

「最悪の事態など起こって欲しくない」という

願望がベースになっているようでした。

想像力を欠いたまま、

原子炉の状態を推測している、といった感じです。

物言いは慎重でしたが、

会見終了後のいわゆる「ぶら下がり」では、

テレビカメラもないので結構きわどい言葉を使っていました。

「もう中と外はつうつう(完全に空気が通じている)かもね」とか。

えっ?穴開いてんのかよ、

放射能どうすんの、ってビビりましたね。

東電は世界最大の民間電力会社とされます。

後日、「東電さんでさえ、あの状況ですから、我々ではとても」と

別の電力会社の人がつぶやいたのが忘れられません。

世界各地で脱原発の動きが広がったのは必然でしょう。

しかし、と思います。

「切り札」を持たないまま地球温暖化にどう立ち向かうのか。

もちろん太陽光や風力など

再生可能エネルギーをどんどん増やすべきですが、

一筋縄ではいきません。

私は環境派を自任するミュージシャンが

「風力発電反対」と訴える記者会見に出たことがあります。

風車が発する低周波による健康被害、

野鳥が風車にぶつかって死ぬ、

景観の悪化、とデメリットが列挙されました。

いわゆる「NIMBY(Not In My Back Yard)」

(大事なのは分かるけど、うちの近所ではやめてね)問題です。

太陽光発電では、パネルの反射光が民家に直撃するとか、

パネルを敷き詰めるために中山間地の草地が刈り取られて

生物多様性が失われているという報告もあります。

また、再生可能エネルギーのコストは下がってきましたが、

発電量はお天気次第という問題は未解決です。

それなら、当面は原発に頼るのか。

深刻な事故を「経験」したにもかかわらず。

写真家の本橋成一さんが

チェルノブイリ事故の被害を受けた土地を撮影した写真集『ナージャの村』に、

やるせない言葉がありました。

なぜ移住しないのか、と問われた老人が言います。

「どこへ行けというのか。人間が汚した土地だろう」

温暖化も人間の手によるもの。

自分たちで、出口への行程表を作らなければなりません。

その舞台がCOPですが、

ペースはとてもゆっくりです。

COPは多数決ではなく、

全会一致の「コンセンサス方式」が原則。

どんなに小さな国も大国も対等に意見を述べあうというのが建前です。

だから会議は連日、朝から深夜、未明と続きます。

合意が難しいことは先送りしつつ、

会議日程を延長し、

曖昧さを含んだ決議でなんとか着地します。

その後、各国が合意内容を持ち帰って、

必要な法改正などを議会で議論し決定、施行する。

早くて1年。

民主主義国家なら、

反対派の意見も取り入れるため、

合意形成に時間がかかります。

選挙とぶつかったりすると、

さらに遅れます。

そこに国家間のパワーゲームが加わり、

観察していると絶望的な気分になります。

出口はあるのか、やる気はあるのかと。

シンパイスナ、アンシンスナ

それでもなお、まだ希望はあると実は思っています。

SF映画『オデッセイ』の原作

『火星の人』(アンディ・ウィアー著)は、

火星に一人取り残された宇宙飛行士が主人公。

絶望的な状況にめげず、

あり合わせの資材(といってもNASAの技術の結晶ですが)を使って、

きれいな空気、水、適切な温度を確保し、

生き延びます。

捨て鉢にならず、明るく難題に立ち向かう。

温暖化も克服できるのでは、という気分にさせてくれます。

SFのエンタメ小説とはいえ、

真実を見通す文学の力が宿っているからかもしれません。

これまで数々のSF映画・小説で登場したアイテムは

実現していますしね。

とはいえ、これから先は何かを我慢し、

犠牲にすることは避けられないでしょう。

経済は一時的かもしれないけど減速し、

低所得層は貧困にあえぐ可能性があります。

光はありそうですが、厳しさからは逃げられません。

これをひと言で表現するなら

『シンパイスナ、アンシンスナ』(心配するな、安心するな)。

私の大好きなR&Bバンド、

上田正樹&サウス・トゥ・サウスのライヴアルバムのタイトルです。

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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