⑧仮設住宅を出る

東日本大震災で被災し、避難所で3ヶ月、仮設住宅で3年間暮らしたお寺の和尚が、奇跡の一本松や巨大なベルトコンベアで全国に知られることとなった故郷、岩手県陸前高田市のことを書いていきます。フレンチブルドッグのハナさんは震災でかつての愛犬を亡くした和尚のために、妻と娘たちが連れてきてくれた新しい相棒です

仮設住宅を出る

かさ上げ地以外にも、

新しいものがどんどんできている場所がある

被災地、陸前高田市。

それは、わざわざ見に行かないと分からない場所にある

高台造成地である。

山を崩し、あるいは盛り土をし、

住宅や学校、病院などを

建設するための高台の土地。

住宅用の場所は全部で7箇所。

あちこちに点在し、

造成地の広さは色々あるが、

個人で持てる土地は100坪までと決まっている。

まだ引き渡しがされていない土地もあるが、

先行で引き渡された土地には

どんどん家が建っている。

病院や体育館、小学校などなど

大きな建物も建設中だ。

一方では、

震災後、学校の校庭に作られた

仮設住宅の使用期限が

今年度末に迫っていて、

集約(ほとんどを閉鎖して、

数カ所だけに固めること)が始まる。

自宅を再建できた人や

有料で公営住宅に入った人はいいが、

事情により仮設住宅から仮設住宅に

移動しなければならない人もいる。

そんな中、

12月の頭に高台に住宅を再建し、

引越しをした私の後輩。

家族4人で六畳二間の仮設住宅に、

第1号で入居し、6年を過ごした。

そのスタートからゴールまで、

彼らの全てを知っている。

私と家族も遅れてこの仮設住宅に入り、

3年を過ごした。

天皇皇后両陛下とお会いしたのも

この仮設住宅だ。

陛下とはお話しすることもできた。

 

先日その後輩から、

こんな話を聞いた。

新居に移り、昼間に帰ったら、

奥さんが「おかえりなさい」と

笑顔で迎えてくれたと。

仮設住宅にいた時には、

こんな事はなかったと笑顔で話してくれた。

うれしい話。

住まいができ、心にゆとりが生まれ、

自然にスッと笑顔が出たんだろうと思った。

あとは仮設店舗で営業中の

彼らの生業である

居酒屋の本設を待つだけである。

高台造成地の様子。もうすぐ次々に家や建物が建つ

菅原瑞秋(すがわら・みずあき)

1958年生まれ。岩手県陸前高田市にある浄土寺の住職。以前は併設の幼稚園で園長も務めていたが、東日本大震災で寺は大規模半壊、園舎は跡形もなく流され現在休園中。奇跡的に家族の中には犠牲者が無かったが、愛犬一匹を失い、自身も避難所で3カ月、仮設住宅で3年間の生活を余儀なくされた。最大規模の被災地にある寺の住職として、犠牲者の魂や遺族たちの心を支え続けている。現在は妻と震災後にやってきたフレンチブルドッグのハナちゃんと生活。3人の子どもたちは成人し、それぞれ東京などで暮らしている。

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