⑧警察官の表彰

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

イマジンの一歩先の世界

私が勤めている産経新聞社では

「県民の警察官表彰」という

ちょっと変わった事業を続けています。

各地で治安維持に

地道に努力する警察官を毎年1人

顕彰するもので、

現在私が赴任している三重県では

今年で56回目でした。

「権力を監視するマスコミが

警察を表彰するなんて」

警察を担当していた若いときは、

そんな反発心を持ちました。

しかし、受賞者に会うと

「参りました。立派です」と

思わざるを得ません。

一方で、

警察の不祥事に関するニュースは事欠きません。

残念ながら。

例えば少し前の話ですが、

私がデスクを務めていた千葉で、

女性からストーカー被害の相談を受けた警察署が

対応を後回しにしているうちに、

女性の家族が殺されるという事件がありました。

担当者らは何をしていたのかというと、

署内の慰安旅行に行っていました。

桶川ストーカー殺人事件など、

ストーカー犯罪の深刻さが

世間にすっかり浸透していたにもかかわらず。

 

慰安旅行の事実は

NHKがつかんだ特ダネでした。

放送内容を現場のサツ回り

(警察担当)記者に伝えると、

文字通り絶句していました。

「抜かれた(先を越された)」という

ショックだけではありません。

サツ回りは警察に反発心を持ちつつも、

やはりその仕事ぶりを信頼しているからです。

遺族は憤り、報道は熱を帯び、

世論も厳しさを増し、

千葉県警の捜査幹部は更迭されました。

しかし、帰宅したところを捕まえる

「夜回り」取材では、

最後に各社の新聞記者たちが

並んで深々と頭を下げたそうです。

確かに今回は、

警察の怠慢で人の命が奪われましたが、

警察官に命を救われた人も大勢いることを

知っているからです。

ただ、それを記事の中では、

表現のしようがありません。

「ほんと、掛ける言葉がみつかりませんでした」

担当記者はそう言って、

肩を落としました。

三重県で今年、

県民の警察官表彰を受けたのは、

伊勢志摩サミット(2018年5月)の

交通警備を現場で取り仕切った方でした。

地元の有識者に選考してもらいました。

表彰式の前、

ご本人に少しお話を聞くと、

サミット開催前1か月も休まず、

本当に寝る間も惜しんで、

という状態だったようです。

「ブラックな職場ですね」と

冗談めかして問いかけると、

「誰かがやらなイカンでしょう。

国のことですから」と。

彼の上司も、

「ある程度、経験を積んだ時期に

大きな仕事に出会う、というのは幸せですよ」

と言っていました。

都道府県警察の警察官は約26万人。

中には、悪いヤツとか、

いい加減に仕事をする人もいます。

そうした警察官の起こした不祥事は

大きく報じられます。

ただ、「警察官なんてそんなもの」という

単純なレッテル貼りはよくないでしょう。

一つだけのアイデンティティーで

人をみてはならない、と主張するのは

アジアで唯一、

ノーベル経済学賞を受賞した

インドのアマルティア・セン氏。

愛国者、サッカーファン、子煩悩な父親、

ガーデニングの達人、と

人は多面的なアイデンティティーを持っています。

時に応じて使い分けることで

暴力を避けることができるだろうと

セン氏は言います。

例えば、日本と韓国は歴史問題をめぐって

深刻な対立が続いています。

そうやって憎しみあっていても、

K-POP好きが語り合えば盛り上がるでしょう。

セン氏は、

アイデンティティーは与えられるものではなく、

選ぶものだ、と指摘します。

イスラエルの攻撃で

娘を殺されたパレスチナ人医師、

イゼルディン・アブエライシュ氏の著作

『それでも、私は憎まない』(亜紀書房)に

それは見事に現れています。

彼は医師として

ユダヤ人も治療して命を救う一方で、

紛争のために家族を失った人間として

和解を呼びかける役割を

自らに課して活動を続けています。

(それに比べてトランプ米大統領は、

いったい何を考えているのやら)

話がかなり大きくなってしまいました。

警察官は権力の手先だ、

官僚は業界とグルになっている、

政治家は私利私欲に走っている、

マスコミは権力にこびている、

韓国はケシカラン、と

決めつけるのは簡単ですが、

それでは世の中モノトーンにしか見えない。

やっぱり、

会って話をしてみるというのが

大事だと思います。

こちらが勝手に相手に貼り付けていた

アイデンティティーのレッテルを疑ってみる、

そうすると

互いに通じ合う部分が見えてくる、というのは

楽観的に過ぎるのかもしれませんが、

ジョン・レノンの『イマジン』よりは

現実的ではないでしょうか。

朝日を浴びる三重県警本部庁舎。なんだかんだ言って警察官はまじめ。でもそれが裏切られたとき、誰もが憤慨します

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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