⑥ボランティアとポリシー

東日本大震災が起きるまでは、福島県との県境に近い宮城県丸森町の里山で、家を手作りし、自給自足に近い生活を送っていた5人家族。原発事故の一報を受け、夫の母国、イギリスへ渡ることを決断。着の身着のまま日本を脱出したあの時から今日までを妻であり母である、チエミが振り返ります

ボランティアとポリシー

あの大震災の時ほど日本国内で、

『ボランティア』という言葉を耳にしたことはないと思います。

本当に多くの人たちが

『ボランティア』として被災地に向ってくれました。

一方で、「私はボランティアはしません」

といったような発言も

SNSなどでちらほら見かけました。

きっと「慈悲活動は被害者の為にはならない」

ということを言いたいのだと思います。

それはそれでしっかりとした

ポリシーなのかもしれません。

日本語にはぴったりと当てはまる単語がないために、

私たちは英語の“ ボランティア ”という

言葉を使っているのでしょうか?

このvolunteer、

volunt というのは『自発的な』という意味です。

つまり、ボランティアとは『自発的にやる人』、

『自発的に何か行動をする』という意味です。

簡単に言うと、

『はーい!私やりたいです!』と

自ら名乗り出るのはすべてボランティアです。

その内容によっては

交通費や手当が出ることもあるので、

この言葉自体に無償という意味は含まれていません。

学校の体育や科学の実験の授業などで先生が、

『誰かやってみたい人~?』と

生徒にたずねることがあります。

この時に、“Any volunteers? ”

(=だれか率先してやってみたい人いる?) と言います。

言葉本来の意味からすると、

『私はボランティアはしない』というのは、

『自発的には何もしない=誰かに指示されてからやる』

という意味になってしまいます。

 私が今住んでいるイギリスでは、

誰もが何らかの形でボランティア活動に関わります。

その背景にはキリスト教の考え方や

教会の組織があることが多いのですが、

クリスチャンでなくても家庭によっては、

“我が家が支援するのはこの活動”というように決めて、

通年ボランティアとして関わることは珍しくありません。

その内容は、動物愛護から前立腺がん、

盲目の人をサポートする団体など、

かなり多岐にわたり、

それに国民全体がボランティア的に関わります。

友人の子供の担任の先生は、

海洋救助隊のボランティア

(専門的な訓練を受ける)に登録しているので、

授業中でも緊急要請があれば

出動するのだそうです。

このような個人のポリシーにのっとった活動には、

例え雇用主であっても

拘束を与えないというのが社会的ルールです。

夫、ギャビンさんの母親は

乳がんで妹を亡くした15年前からずっと、

乳がん治療のための

リサーチをする団体がやっているお店で

ボランティアとして店員をしています。

よりよい治療のために

もっと乳がんの研究が進歩してほしい、

そしてそこに自分も関わりたい

というのが義母のポリシーです。

私の16歳の娘は、

学校が終わってから週に1回、

人権問題保護団体で

ボランティアとして事務仕事などをしています。

2年前にはベトナムの山村に

学校を建てるボランティア活動に

2週間参加してきました。

渡航費や滞在費などの経費はすべて自費です。

その費用は、

1年かけて貯めた自分のアルバイト料と

彼女のポリシーに賛同してくれた

多くの方々からの寄付でまかないました。

知人や友人、

そのまた友人などを対象に

イベントのようなものをひらき、

自分が関わりたいボランティア活動の説明をし、

みんなが寄付をしてくれます。

この国の人たちにとっては

ごく当たり前の事ですが、

私にとっては初めての経験でしたから、

自分の子供でもないのに、

『その子の未来に投資する』という

大人たちの発想に、

ものすごく新鮮な感動を抱いたのを覚えています。

大学進学や就職する際の面接時にも、

自分がどのような

ボランティア活動をしてきたかは、

大変なアピール材料になるそうです。

大学側や企業側は、

その人物がポリシーを持って

自ら動く素質を持っているかどうかに、

とても興味があるという事なのでしょう。

ポリシー

(=大好きな事、もっと知りたい事、生き方の方向性)があるから

ボランティア(=自ら動く)する。

大きな災害や事故が起きた時のみならず、

普段の生活、

その人の生き方そのものと

常に一体なのがボランティアなんですね。

【オールライト千栄美】:1972年石巻市生まれ。イギリス人の夫と長女(16歳)、長男(15歳)、次男(12歳)の5人家族。再生可能な環境開発を専門とする夫と共に、“都会とは全く違う環境で行う、ビジネスマン向けリトリート施設の建設”という構想を抱き、2008年、宮城県と福島県の境にある小さな山里に移住。その構想の第一歩として、“西洋と東洋の伝統に自然を融合させた新しい技術”をコンセプトにした家づくりを2011年3月11日午後2時45分(つまり、東日本大震災勃発の瞬間)まで家族で行う。その後、夫の母国イギリスへ。現在は、オンラインで日本に英語レッスンをお届けする【英語職人】を生業とする。https://chiemiallwright.wixsite.com/online-eikaiwa

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