⑬生前整理

東京でフリーライターをしていたアラフィフシングル女子。東日本大震災を機に東北へ通い始め、2015年にはついに宮城県石巻市へ移住。現在は庭付き中古一軒家を購入し、会社も設立。愛猫のふーちゃんと共に大海原へ漕ぎだした、そんなドキドキハラハラな毎日を記していきます 

生前整理

一緒に暮らす猫ちゃんも早々に現れて、

神様から「大丈夫、この方向で合ってるから!」と

グイグイ背中を押されている気がしました。

すごいスピードでコトが動いていきますが、

心の片隅にはずっと

本当にいいのだろうか、家なんか買っちゃってと

不安な自分がいたわけです。

しかしそのすべての決断の裏に

神の見えざる手……というよりも、

かなりあからさまな「推し」があるものですから、

とりあえず、進むしかないという状況。

 

特にこの家については

450万円がいきなり300万円と大幅値下げ、

さらには立派な箪笥やダイニングテーブル、

暖房器具に洗濯機など家財道具も一緒にどうぞ、

という強烈な「推し」がありました。

私は東京から石巻に移住してくる際、

多くの物を処分してきたので、

中古とはいえ、

まだまだ使えるファミリー向けのしっかりとした家電や

骨董のような卓袱台、箪笥などはまさにお宝。

埼玉にいる売り主さんが廃棄処理の業者を手配し、

家の中をきれいにするという日、

私は自ら出張って行って、

処分してもらうものと頂くものを指揮。

大物はほとんど残してもらったので、

廃棄処理代が見積もりよりもずいぶん安くなったと、

売り主さんにも大変喜ばれたそうです(不動産屋さん談)。

家具や家電だけではありません。

家主さんの心の豊かさと教養がにじみ出る

趣味のものがたくさんありました。

例えば、お父様の物と思われる大量の本や雑誌、

亡き奥様が残されたのであろう、

趣味のいい花瓶や器、直筆の絵など。

特に食器は、棚の中から箱に入ったままの新品が

わんさか出てきました。

どれも上等なブランドや漆器などの工芸品。

昔の人らしく、大切に、使わずにとってあった。

それを私が今、ごっそりと頂いて、

使わせていただいているというわけです。

お父様のものと思われる本も、

いつか読みたいと思い、

ほとんど置いてあります。

つまり私はこの家から、

見ず知らずの先人の知識や趣味さえも

引き継ぐ形になりました。

思えばこれは、

90歳を過ぎた売り主さんにとっての生前整理。

なぜ私が……。

これぞ「縁」の不思議、

見えざる神の技なのかもしれません。

後日、ついに不動産屋さんで

売り主さんと対面。

埼玉からわざわざ、息子さんに付き添われ、

家の引き渡しの手続きにいらっしゃったのです。

かくしゃくとしたそのお姿は想像通りでした。

家の代金を渡し、一息ついたところで、

私は家に残されていた大量の食器の話をしました。

すると売り主さん、

「そんなものがありましたか、うちに」と

不思議そう。

奥様が亡くなられたのは何年前か知りませんが、

今なおこの家には、

彼女の思いがあふれるよう。

隅々までその趣味で美しく

整えられていたというのに、

夫にはそれが当たり前で、

分からなかったのかもしれません。

亡くなった後もこの家でひとり、

彼女の思いに包まれて

晩年を暮らした老人を思うと

生と死が分かつものなど

もはや何もないような気がしました。

私も今、暮らしの中で、

この家と家族を愛した

見ず知らずの女性の思いを感じることがあります。

それはけして不快なものではなく、

むしろ趣味がいい心豊かな人生の先輩に

石巻での暮らしを応援されている、

そんな気がする瞬間があります。

棚の中から箱入りのまま出てきた真新しい食器類。迷いましたが全部、箱から出して使わせていただくことにしました

塩坂佳子(しおさか・よしこ)

1970 年生まれ、大阪府高槻市出身。関西学院大学文学部卒業後はアルバイトなどを経験し、25歳でフリーランスのライター兼編集者として開業。2000年に大阪を出て、友人が住む小笠原諸島父島へ。釣り船の手伝いなどをして島暮らしを満喫、その様子を雑誌に連載するなどして2年間の長期滞在を楽しんだ。その後、板橋区へ移住し、東京でのライター・編集業を本格始動。主な仕事は結婚情報誌「ゼクシィ」や「婦人公論」などで執筆。出版社との契約で中国上海市に1年間駐在、現地編集部の立ち上げと雑誌創刊などにも関わった。

2 件のコメント

  • お父さんともしばらくお会いしてませんが、とってもよく分かります。

    お母さんも、お茶、お花をたしなんだ方だったので、器はこだわりがあったのでしょうね。
    懐かしく、思い出されました。

    • コメントありがとうございます!こちらのお宅のご家族が、私の勝手な想像でどうかと思いましたが、知っている方にそう言っていただけると間違いなかったかと。

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