㊱タレコミと憂さ晴らし

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

タレコミと憂さ晴らし

 新聞社は情報を求め、

探しているので、

外部からの提供は大歓迎。

それは世間のみなさんもご承知のことで、

いろんな電話がかかってきます。

いわゆるタレコミ、

内部告発といったネタもありますが、

記事への批判、クレームも。

いずれもしっかり

受け止める必要があります。

しかし、中には困ったものも。

 私が千葉総局で

デスクをしていたころの話です。

心臓がぎゅっと縮こまるような

電話を受けました。

「あの事件の犯人。

私じゃないのになぜ載ってるんですか。

おかしいじゃないですか」。

傷害事件の容疑者逮捕を伝える記事について、

女性から問い合わせがありました。

容疑者の名前を間違えたとなると、

訂正記事を出すだけではすまない、

ひょっとしたら訴訟沙汰、

ただ同姓同名だったら仕方がないし…。

とにかく事情を聞いて、

いったん受話器を置きます。

しかし、ここ数日で

そんな原稿を扱った覚えはない。

傷害事件などは大体は

小さくしか扱わないものだから、

忘れているだけなのだろうか。

すぐに事件担当の記者に電話をしました。

こんな電話あったんだけど、

何のことか分かる?

彼は「えっ」と絶句しましたが

「でもそんな事件ありましたっけ」。

そうだよなあ、

おかしいなあ。

しばらくして電話がありました。

疲れのにじんだ女性の声です。

「あの~、さっき事件の犯人にさせられたって

電話ありました?

うちの娘が、お騒がせしまして…」。

いたずらではなく、

心の病からの思い込みで

電話をかけてきたようです。

そうですか、

よくあるんですか?こういうこと、

大変ですね、などと

受けこたえしているうちに、

縮こまっていた心臓は元通りに。

 

最近では、

ある清掃会社の経営者から、

市役所の業者選定の不透明さに関する

告発めいたタレコミがありました。

かなり込み入った話で、

何が言いたいのか分かりづらく、

聞いている内に面倒くさくなってきました。

すると、相手もそれを察したらしく。

「やる気あるのか」的な言葉で

責めてきました。

しかし、ここで切ってはいけない、

ネタになるかもしれないのに

他社に持ち込まれたら

目も当てられない、と

ぐっとこらえて最後まで聴き、

一応記事にできそうな情報を得ました。

 

次は裏取りです。

その市の担当課に取材し、

経営者が言っていることは

ほぼ間違いないことが確認でき、

取りあえず60行(720字)程度の原稿に

まとめてみました。

しかし、冷静になって読み返してみると、

重箱の隅をつつくような仕上がり。

読者から「だから何?」と

突っ込みが入りそうです。

つまるところ、

手際の悪い担当職員、

役所内の連絡不足、

礼儀を失した市幹部のふるまい、

相まって

結果的にそのしわ寄せが

業者にいっている、という構図。

公務員が私腹を肥やしているとか、

特定の業者に便宜を図っている、

といった犯罪や不正めいたところはなく、

社会性も薄いな、という

結論に落ち着いてしまいました。

タレコミの主に電話して、

時間を掛けて、

やっぱり記事にはできません、

と伝え頭を冷やしてもらいました。

「あんな奴らに腹を立てても仕方ない」と

納得してもらえましたが、

この数日間は無駄に終わってしまいました。

 

タレコミは十分な注意が必要です。

誰かをおとしめるための

ガセネタだったり、

思い込みだったりする

可能性があるからです。

細部を詰めていくと、

むしろ告発者側に

不審な点が出てくることもあります。

また、議員のだれそれと知り合いだとか、

有名人を世話したことがあるとか、

そんなことを言って

箔を付けようとする人もいて、

聞いている内にこちらが萎えてきて、

やがて腹が立ってきます。

しかし、あのリクルート事件だって

朝日新聞の支局への

タレコミから始まったのだと思うと、

簡単には切り捨てられないのですね。

 

だから結構、

新聞社というのは耳を傾けるんですよね。

それで、やり場のない怒りに

おつきあいさせられることも。

自分の怒りは真っ当な理由があり、

正義の味方・新聞社なら

分かってくれるはず、

という熱い思いを聞かされます。

「ボランティアでね、

花を植えていたんです。

そしたら駐禁とられて。

どう思います?

自分勝手な理由で

駐車していたんじゃないんですよ。

警察って何考えてるの。

ほかにも駐車違反はいっぱいあるのに。

書いてくださいよ」

いや、ボランティアでもなんでも、

ルール違反はルール違反ですから。

お気持ちは分かりますが。

「あなた、だれの味方?

書かないんだったら、

ほかの新聞社に言うから(怒)」

仕方ないですね。

どうぞ、そうなさってください。

他社にパスを送ってしまいました。

しかし、あのおばさん、

警察だけじゃなく

うちの悪口も言ってるかも。

1本の電話から何が起こるか分からない

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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