㉞ドラマてんこ盛りのスポーツ界

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

ドラマてんこ盛りのスポーツ界

日本の夏のスポーツイベントといえば、

高校野球、甲子園でしょう。

私たち新聞記者の多くは若い頃に

地方大会を取材します。

最初は大して興味がなくても、

試合を見続けているうちに

引き込まれていきます。

大会は今年で100回目。

それだけ続くのは、

やっぱり面白いからなのでしょう。

このところ、

アマチュアスポーツ界の不祥事、

疑惑が相次いで報じられていますが、

競技そのものと同程度か

それ以上に世間の関心を集めているようです。

陳腐な物言いになりますが、

スポーツとその周辺には

ドラマがあるんですよね。

そして、そこからは

社会の気分も

見えてくるような気がします。

私が初めて書いた

高校野球地方大会の原稿は、

デスクの赤ペン添削で真っ赤どころか、

余白に別の原稿が

書き込まれているような状態でした。

取材は、

スコアブックを付けながら、

良い場面が来そうだとなると

カメラを構え、

試合終了後は

監督や選手のコメントを集めて、

なかなか忙しい。

ゲームの肝を押さえて原稿に仕上げ、

データを確認して

成績表も作って、

それから活躍した選手を

クローズアップする記事を

求められることもあります。

取材テーマは

高校生のクラブ活動なのですが、

仕事の基本みたいなものが

詰め込まれています。

最初はまったく

ついて行けませんでした。

それで「これではいけない」と、

スポーツ新聞、雑誌などを読みあさり、

よく使われる表現をストックしました。

そんな中で出会った本の一冊に、

山際淳司の

『スローカーブを、もう一球』があります。

野球、ボクシング、棒高跳び、

スカッシュなどを取り上げた

8篇が収められていて、

その一つ『江夏の21球』は、

誰もが認める名作でしょう。

舞台は近鉄バファローズと

広島カープが戦った

1979年の日本シリーズ最終戦。

その9回裏、

21球を投じた広島の

江夏豊投手の心理を

克明にたどっています。

勝負の綾、

選手と監督の行き違いなどが

関係者の証言をもとに

見事に構築されていて、

こんな風に書けたらなあ、と

今でも思います。

 

 スポーツノンフィクションといえば、

沢木耕太郎も忘れてはいけません。

時に取材対象に干渉するほど

踏み込む込むさまは、

ノンフィクションの

新しいスタイルを確立したとの

評価もあります。

あるボクサーの復帰を取材した

『一瞬の夏』では、

沢木がプロモーターとして

主人公と伴走しており、

その入れ込みようが熱い。

スポーツノンフィクションでは、

勝者にスポットライトを当てた

サクセスストーリーも面白いのですが、

挫折して「一般人」になった

元アスリートの物語も

胸に迫るものがあります。

決して新聞の一面を飾ることはない

ヒーロー、ヒロインたち。

山際も沢木も

そうした人たちを丁寧に追っています。

山際は

『スローカーブを、もう一球』の最後で、

ヘミングウエイの言葉を

引用しています。

「スポーツはすべてのことを、

つまり、

人生ってやつを教えてくれるんだ」。

★ 

米国では、

新人記者はまずスポーツを担当する、

という話を聞いたことがあります。

目の前で起きたことを正確に把握し、

肝をつかみ取る技術を磨けるだけでなく、

チームの運営を取材することは

経済の勉強になるし、

経営幹部や監督、コーチ、選手の人間関係、

権力争いを詳しく観察することで

政治取材の勘所も

分かってくるというのです。

メジャー・リーグの球団経営を取材し

映画化もされた『マネー・ボール』

(マイケル・ルイス著)などは、

まさにそうした土壌から生まれた

作品のようにも思えます。

 私たちが「スポーツ」について語るとき、

競技内容だけではなく、

競技会を運営し

競技団体を発展させていく

営みにも注目します。

レスリング界での指導者によるパワハラ、

学生アメリカンフットボールの監督が

選手に強いた犯罪的な反則行為、

アマチュアボクシング界での

権力者の専横といった

最近の出来事も、

単にその世界で生じた歪みというよりも

社会全体に漂っている何か

(流行の「忖度」とか)を

煮詰めたエキスのようにさえ

見えてきます。

解決策を模索している人たちは、

今、ひょっとしたらドラマチックに

立ち回っているかもしれません。

池井戸潤や山崎豊子の小説のように。

山際淳司の『スローカーブを、もう一球』(角川文庫)。高校野球のストーリーも収められています

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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