㉛異常が日常に

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

異常が日常に

 西日本を襲った豪雨は多くの犠牲者を生みました。

比較的穏やかな関西で生まれ育った私は、

雨がこれほど恐ろしいものだとは

想像もできませんでした。

被害の大きかった広島や岡山など

瀬戸内地方について、

小学校の社会科では

降雨量の少ないところだと教えられましたし、

つい最近までそうでした。

しかし、ここ数年「観測史上初」という現象は

頻発するようになりました。

何十年に一度あるかないかの

災害に備えるような公共工事は、

無駄ではないかという批判が

かつてはよく聞こえてきましたが、

残念ながらそれは的外れなものに

なってしまったのかもしれません。

 四国の真ん中あたりにある早明浦(さめうら)ダムは

「四国の水がめ」と言われ、

大きな河川のない香川県にとっては

まさに命綱です。

二十数年前、私が高松支局にいたころ、

およそ20年ぶりにダムは干上がり、

底に沈んだかつての役場の庁舎が姿を見せました。

当時ダム建設に反対した住民にとって

象徴的な建物だったそうです。

貯水率がどんどん下がるなか、

香川県知事が隣の徳島県知事のもとに出向き

「吉野川の水を分けてください」と

頼み込むという珍事がありました。

徳島県を流れる吉野川は早明浦ダムの下流にあり、

その水は蕩々と淡路島の南側、

紀伊水道に流れ込んでいます。

「海に捨てるんやったら分けてくれ」。

しかし、吉野川の水は法律に先行する

古くからの水利権に守られ、

早明浦ダムの水の分け方も

厳しく決められていました。

香川県側の望みがすべて

叶えられるわけではありません。

結局、香川県民は

雨が降るのを待つしかありません。

それまで節水し、水道の圧力を下げ、

時間を区切って断水、と耐えました。

香川にも大きなダムがあればなあ、

と言ってもないものは仕方がない。

それにバブル崩壊後、

国や地方の財政も悪化。

公共工事は、

あまり賢くない支出とされていました。

ダム建設など大規模で長期間を要する工事は、

不測の費用が発生し

事業費が膨張することも多いですし。

香川県の由緒ある神社では

雨乞い踊りが奉納されました。

雨乞いは必ず効きます。

降るまで続けるので。

ようやく早明浦ダム周辺に雨が降り出すと、

雨雲の範囲と降雨量から、

ダムにどの程度の水が流れ込み、

どのくらい時間が経てば

給水が可能になるのかという予想が

立てられるようになりました。

調査に基づいたちゃんとした

計算式があるのです。

降り始めは乾いた土に染みこむだけで、

雨が河川に流れ込んだり地下水になったりして

ダムに達するまでには時間がかかるため、

しばらくは辛抱の日々が続きますが、

地面が一度潤うと

小雨でもどんどん貯水率は上がります。

そうして渇水は終わりました。

今回の西日本豪雨では、

雨が上がったあともしばらく水は収まらず

予断を許さない状況が続きました。

地面に蓄えられた水が、

どんどんわき出てくるわけです。

早明浦ダムの貯水と同じメカニズムですね。

テレビに次々といろんな研究機関から

有識者が出演し解説するのを見ていると、

随分とこの分野では

研究が進められていることが想像できます。

私が今いる三重県には、

昨年秋の台風21号で水害に

見舞われた地域があり、

堤防のかさ上げや川の浚渫といった

公共工事がにわかに増えました。

今後5年程度でハードの対策はほぼ完了させ、

その後20~30年で

補完的な工事も行うという計画。

何十年に一度の災害にも

耐えられるようにというのが目標です。

かつてなら、

そんな漠然とした目的の事業は無駄だ、

今すぐ必要な福祉や教育に回せといった

反対論が声高に唱えられました。

旧民主党政権が唱えた

「コンクリートから人へ」もその線でしょう。

しかし、東日本大震災以降でしょうか、

何十年に一度あるかないかの災害にも

常に備えておくべきだという考えが

浸透してきました。

何十年に一度の災害が毎年のように

どこかで起きているわけですから。

水害の発生、津波、地震の影響と

いったことに関する研究は進んでおり、

効率的な工事設計は

できるようになっているのでしょう。

加えて想定外のことは起きる、

対策に完璧はあり得ないという謙虚さも

共有されるようになってきました。

災害時の救援部隊の編成、

派遣はかなり迅速になりました。

近い将来「もう大丈夫」は無理にしても

「もうあんなひどいことにはならないよ」と

言えるようにはなるのではないでしょうか。

災害対策に終わりはないとはいえ、

前進し始めたと思います。

毎年、海の日には学生時代の仲間たちとキャンプへ。もう30年も続いています

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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