㉔なんでかんで隊

東日本大震災で被災し、避難所で3ヶ月、仮設住宅で3年間暮らしたお寺の和尚が、奇跡の一本松や巨大なベルトコンベアで全国に知られることとなった故郷、岩手県陸前高田市のことを書いていきます。フレンチブルドッグのハナさんは震災でかつての愛犬を亡くした和尚のために、妻と娘たちが連れてきてくれた新しい相棒です

なんでかんで隊

作家・椎名誠が好きだ!

彼が書いた本や写真集など

関連の本が大好きだ。

30年近く経つだろうか、

私が行きつけの居酒屋

『俺っ家(おれっち)』のマスターと

意気投合してから

キャンプに旅行と我々2人が中心になり、

仲間を募って

色々なことをして現在に至っている。

マスターとはカウンター越しに

多くの話をしてきたが、

お互いに作家・椎名誠が好きだ

ということがわかり、

いつか椎名さんと一緒に

酒が飲みたいという不純な動機から、

陸前高田に呼んで講演をしてもらい

体験談を聞こう、

そして懇親を深めよう!と

作戦が開始された。

当時、椎名さん達は

「怪しい探検隊」という隊を結成し、

大人達の真剣ながらも

バカバカしい探検隊の活動が

メディアに登場したり、

「わしらは怪しい探検隊」という本を出すなど

とても魅力的な活動をしていた。

当時、私たちも憧れが募り

「なんでかんで隊」というパクリの隊を結成。

燃えていたのは

『俺っ家』のマスターと私だけだったが、

椎名ファンは他にもいたし、

力技で引き込んだ後輩達もいた。

 

娘に椎菜という名前をつけた奴もいる。

椎菜の母は震災で犠牲になり、

父親がひとり、思春期で反抗期の娘を育て

現在は京都の有名私大に通っている。

同じ場所の仮設住宅にいたので

よく知っている。

岳物語ではないが、

本一冊になりそうなエピソードが沢山ある。

来年迎える娘の成人式を

自宅からお祝いしてあげたいと

先日地鎮祭を行い、

住宅を建設中である。

さて、どうしたら

椎名さんとコンタクトが取れるか。

直接のアポは無理だろうから

椎名さんを知っている人から

攻めていこうと決まり、

当時親しくしている人を探し当て、

銘菓「かもめの玉子」を持って会いに行った。

いろいろ話を聞いて、

どこかの講演会に行って楽屋にお邪魔し

直談判がいいとアドバイスをもらい、

盛岡で開催された時に

1人で行って初めて会う事ができたが、

自己紹介をして

こんなことしてますと話すも、

素っ気ない返事。

初回はこんなもんかと戻り、

『俺っ家』で報告飲み会。

本も出るたびに買い、

会話のできることになった時のために情報収集。

当時の椎名さんは映画も作っていて、

コンバットツアーという

地方での上映会を行なっていて

フィルムも貸し出しをしていた。

「白い馬」のフィルムを借り上映会をしよう、

そのために16ミリの映写の資格を

取った者もいた(前述の椎菜の父親)。

会場の半分くらいの客入りだったが、

椎名にアプローチと

「なんでかんで隊」をアピールすることはできた。

その後も講演会があると

袖の下の海産物を持って顔を売りに行った。

 

そんなこんなで数年が経ち

顔も知られるようになり、

そろそろやっかということになり行動開始。

陸前高田に椎名誠さんを呼んで

講演会が開催された。

会場の市民会館大ホールはいっぱいになった。

たくさんの人が来たことより

一緒にお酒が飲めるぞ!の思いが実り、

講演会後は『俺っ家』で

念願の宴。

とても気さくな方で

嬉しくて、楽しくて

お酒が進んだことは言うまでもない。

椎名さんが代表を務めていた

大人の真面目な遊びで、

全国大会も行われている

「浮き球三角ベースボール」にも

参加する事ができ、全国に仲間が増えた。

この仲間には震災後、

いろいろな面で助けてもらった。

ボランティア、不足物資の搬送などなど。

現在も3月11日には

八丈島から香りの良いフリージアを届く。

20年くらい前には

2回目の講演会を浄土寺の本堂で行い

椎名ファンが大勢集まった事を懐かしく思い出す。

その後は何度もご一緒し、

酒を飲む機会を得た。

彼は週刊誌に

『新宿赤マント』というエッセイを書いていて

そこに2度ほど登場もさせてもらった。

最近では

「わしらは怪しい雑魚釣り隊」が

陸前高田に取材に来た時にご一緒し、

その時の様子が週刊誌に載った。

椎名さんの本はほとんど買って読んでいたが、

震災で流されてしまったし

思い出の写真も全て失ったが、

現在は会う機会も増えている。

3年ほど前である、

市役所に勤めていた旦那さんを

震災で亡くしたお檀家さんが

大きな箱を持って来た。

挨拶を済ますと

「和尚さんは椎名誠さんのファンですよね?

亡くなった夫も椎名さんの本が好きで

みんな文庫本ですがこんなにあります」

と箱の中を見せてくれた。

懐かしいタイトルが並ぶ。

「以前に浄土寺さんで講演会があった時にも

聴きに行っていました。

とても楽しかったとよく言ってました。

良かったらこの本

もらっていただけませんか。

家に置いておくより

椎名ファンの和尚さんにもらって頂いたら

夫も喜ぶと思いますし供養にもなります」と。

ありがたく頂戴し、

一度ご本尊様の前に置いた。

思わぬビッグプレゼントである。

 

どうしても、

という本は再度購入していた。

さらに最近は、

新刊などで同じ本を

2冊買ってしまうこともある。

実は今回、

突然に椎名さんの話題になったのは

つい先日もやってしまったからである。

間違えて同じタイトルをまた買ってしまった!

菅原瑞秋(すがわら・みずあき)、1958年生まれ。岩手県陸前高田市にある浄土寺の住職。以前は併設の幼稚園で園長も務めていたが、東日本大震災で寺は大規模半壊、園舎は跡形もなく流され現在休園中。奇跡的に家族の中には犠牲者が無かったが、愛犬一匹を失い、自身も避難所で3カ月、仮設住宅で3年間の生活を余儀なくされた。最大規模の被災地にある寺の住職として、犠牲者の魂や遺族たちの心を支え続けている。現在は妻と震災後にやってきたフレンチブルドッグのハナちゃんと生活。3人の子どもたちは成人し、それぞれ東京などで暮らしている。

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