㉖被害者の顔写真は必要か

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

被害者の顔写真は必要か

事件や事故に巻き込まれ

亡くなった人の顔写真を

報じることに価値はあるのか。

遺族感情を考えると、

その疑問は強くなります。

しかし

「被害者がどんな人だったのか分からない」で

済ませるわけにはいかない、

という理屈も

成り立つのではないでしょうか。

写真は文字だけでは

分からない人の

存在感を表すことができます。

そして「ここに確かに

存在した人の命が失われたのだ」

という事実を

世の中に生きる人々の頭に

刻みつけておくことは大切だと思うのです。

新潟市で女の子が絞殺されたあと

線路に放置され、

列車にはねられるという事件が発生しました。

各社とも被害者はどんな女の子だったのか、

写真とともに報じています。

 「何、撮ってるんや」。

高松市内で幼い姉妹2人が亡くなった

住宅火災を取材したさいに、

焼け跡で遺族の男性に怒鳴られました。

出火原因は、

同居していた知的障害のある男性の

タバコの不始末ということでした。

誰に怒りをぶつければよいのか、

というところに

カメラをぶら下げた記者が集まり、

神経を逆なでしたわけです。

私たちは、すごすごと引き下がります。

が、仕事はこれでは終わりません。

亡くなった子供の顔写真を探さねばなりません。

遺族にはお願いできそうにない。

同じ年頃の子供がいそうな家を訪ね歩きます。

幼稚園の行事などで

一緒に写真を撮っている可能性があるからです。

このとき、借りることができた写真は、

姉妹がひな人形の前で

はじけるような笑顔を寄せ合っているものでした。

本当に楽しそうな写真で、

随分前のことなのに、

いまだに忘れられません。

当時、写真を確保できてホッとした一方で、

こんな可愛い子が炎と煙に巻かれて亡くなるなんて、

と思ったものです。

被害者や犠牲者のことをあれこれ取材し

報じることに嫌悪感を持つ人は多いでしょう。

しかし、この記事と写真を見た人が

「こんな可愛い子が…」と思ってくれれば、

それで少しでも供養になったかもしれないし、

火災の恐ろしさについて

考えるきっかけになったかもしれません。

姉妹は、ただフェイドアウトするわけでは

決してありません。

こうした考えにどこか共鳴する人が

顔写真集めに協力してくれるのです。

神戸市内で、母親が目を離した隙に

男の子がクルマにはねられて

亡くなった事故の取材をしているときでした。

私は、いつものように近所を当たりました。

すると、親切なおばちゃんが

「うちにはないけどな、こっちこっち」と

ある家に連れて行ってくれました。

おばちゃんの取り次ぎで、

その家から若い女性が出てきました。

おばちゃんが「記者さんがな…」と説明すると、

女性は奥へ引っ込み、

しばらくして一枚の写真を持って出てきました。

ぼろぼろ泣いています。

そこで初めて表札を見て心臓が飛び跳ねました。

その女性こそが、

男の子の母親だったのです。

目の前で子供を失ったのに、

「仕事」で来た私のような者の求めに

応じてくれるなんて…。

私は、そのとき彼女に何を言ったのか。

お悔やみなのか、お礼なのか、

ひたすら「すみません」を

繰り返していたような気がします。

焦りながらその写真を、

クローズアップレンズを使って接写しました。

しかし今、彼女の取った行動は、

協力とは異なるものだったのだと

考えるようになりました。

彼女の心には、

私を疎ましく思う感情さえ

入り込む余地がなかったのだと思います。

必要な手続きを一つ

済ませるような感覚だったかもしれません。

私は、おばちゃんに助けてもらいながら、

結果的に遺族の心理状態に

つけ込んだのではないか。

そう思うと気が重くなる。

しかしですね、

被害者の遺族に接し、

その思いに少しでも触れたうえで、

顔写真を借りて記事を書き掲載することは、

被害者や遺族の気持ちに寄り添う人を

増やすことにもつながると思うのです。

(写真:新潟の女児殺害遺体遺棄事件を伝える紙面)

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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