⑭認めたくない夫

普通の主婦が突然のうつ病発症!「心の風邪」という言葉が世に出始めた頃でした。約10年の闘病生活から抜け、今年になって自ら一錠の薬も飲まなくなった筆者。この連載は、一度は壊れてしまった主婦が自分だけでなく家族の笑顔も取り戻すための奮闘記です。

認めたくない夫

私が会社に入れなくなった日の翌日、

私は一人で地元の精神科を受診しました。

誰にも相談できませんでしたが、

何となくこのままでは良くないように感じていました。

夫と一緒に病院に行く気持ちはありませんでした。

仕事が忙しいと断られると思いましたので、

電話帳を調べて、

自宅から近い病院へ車を運転して行きました。

カウンセリングルームに通されて、

女性のスタッフの方に、

家族構成や仕事の内容など、

事細かにお話しをした後、

医師のところに呼ばれました。

「あなたの場合は、

傷口の内側で膿がたまっているような状態だから、

けっこう治るのに時間がかかると思いますよ。

ご主人と一緒に来て下さい。」

そう言われましたので、

病院の駐車場ですぐに夫に電話をかけました。

自分ひとりで、○○病院を受診し、

次回はご主人と一緒に来て下さいと言われた事を伝えました。

それを聞いた夫のとった行動が今でも驚きです。

私が初診だった日の夕方、

受付時間の終了間際に夫はその病院に行ったのです。

「今日うちのものが、こちらを受診して、

私と一緒に来るようにと言われたようですが、

なんだったのでしょうか?」

そして、時間がない中、

医師の説明も良くきかず、

支払もせずに病院をあとにした事を

後から病院の方に聞かされました。

帰宅した夫は私に

「あんな病院にはもう行く事はないし、

そんな薬も飲まなくていいから」というのです。

「子どもの夏休み期間は会社に来なくていいから、

うちに居なさい」と言われ、

八月いっぱいはお休みしました。

この初動の過ちが、

後に回復を遅らせる結果を招いた事はいうまでもありません。

八月の末に、やはり体調が良くなくて、

初診の病院に恐る恐る行った私に、

医師はいいました。

「あなたのご主人は、

あなたの病気を受け入れられない。

傷口をいくらふさごうとしても、

中に膿がたまっている事をどうしてわからないのですか?

私は一緒に来て下さいといったはずなのに、

どうしてご主人一人できたのですか?

薬を飲んだだけで解決する事ではないから、

私は本気で言っているのですよ」

ある人から「あそこの病院の先生は、

ずばずばとはっきりものを言うから、

あまり評判がよくないのよ」という言葉をきいて、

歩いて行ける別の病院に転院したのは、

9月になってからでした。

こうして、評判をきいて病院を選んだり、

病院側の医師の都合で七回もの転院

「ドクターショッピング」をくりかえす十年になりました。

今でも、一番最初の病院の先生は、

本当は一番私の事を親身に考えてくれて、

夫に説得してくれようとしてくれたのだと感じます。

それを、夫は認めたくなかった。

その後、どの病院でも

「ご家族に方はいらしていますか?」と聞かれましたが、

夫が医師と話しても埒があきませんでした。

そのうち義母に一緒に病院に

来てもらうようにしていました。

医師と夫の言い争いをききたくなかったからです。

どの病院の医師も、夫の論調には負けました。

夫としては、

「自分のせいで妻がうつ病になった」とは

認めたくないのです。

そして、仕事を完全にやめさせる事もありませんでした。

完全に仕事をお休みして傷病手当を頂くよりも、

一か月分のお給料は普通どうり支給して、

それを生活費にあて、

必要なお金関係の事務仕事(給与計算など)だけでも、

私にして欲しかった。

給与の仕組みについては、

家族以外の人間に知られては困るからです。

ここが、一般企業に勤めていて

うつ病になった場合と大きく違う点です。

家族として、妻の病状の悪化は

気にしてくれていたかもしれませんが、

うつ病を完全に認めたくなかったのだと、

今でも思います。

【Seiko】    宮城県仙台市出身。高校卒業後は通信関係の会社に就職。23歳で最初の夫と「成田離婚」を経験し、30歳で二度目の結婚を機に退職。石巻市に移り住み、3人の子供をもうけるが、2006年頃から心の病を発症。「うつ病」と診断され、約10年間の闘病生活を余儀なくされる。今年になって自ら一錠の薬も飲まずに生活。現在は懸命に社会復帰を目指している。

※『壊れ主婦のよあけ』は今回で終了。続きはこちらのブログでどうぞ!

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