⑭母は移民

東日本大震災が起きるまでは、福島県との県境に近い宮城県丸森町の里山で、家を手作りし、自給自足に近い生活を送っていた5人家族。原発事故の一報を受け、夫の母国、イギリスへ渡ることを決断。着の身着のまま日本を脱出したあの時から今日までを妻であり母である、チエミが振り返ります

母は移民

たった今、やっとの思いで

ビザの更新手続きを終えました。

以前も英国に滞在するための

ビザ取得合戦について書きましたが、

私が持っているビザは3年更新。

今回は同じビザの2回目の更新なので、

要領は分かっているつもりで

少し余裕で構えていました。

しかし、 いざ移民局のホームページから

申請書をダウンロードしてみると、

申請書の枚数は約100ページ。

この3年の間にいろいろと規則が変更になっており、

土壇場になって相当焦りました。

 

まずは、3年前より申請料が£400(日本円で約6万円)も

値上がりしていることに度肝を抜かれました。

そして質問事項も間違いなく

細かくなっています。

日本大使館から発行された正式な婚姻証明書や

子供たちの産みの親であるという

証明書があるにもかかわらず、

「配偶者とは普段どのようにコンタクトをとりますか?」

「子供たちとは何年間一緒に暮らしていますか?」など、

『結婚して配偶者と子供がいても

一緒に暮らしているとは限らない』

という 前提の質問の連続です。

結婚したら夫と暮らし、

子供が生まれたら家族として一緒に暮らすのが

『普通』だと思ってしまいますが、

そこは『多様性社会』、

いろいろな夫婦、家族の形があるのが

『普通』ということなのでしょう。

すべての質問に答え終えた頃には

ぐったりしてしまい、

最後の質問 の

「どのようなタイプの結婚式を挙げましたか」で、

もう全身脱力 、笑うしかありませんでした。

一体何を知りたいんでしょう?

いけにえを捧げるタイプの結婚式?

24時間踊り狂うタイプの結婚式?

確かに地球上のいたるところから

英国に住みたい人たちがや ってくるわけですから、

どんな答えがあってもおかしくはありませ んが、

それをビザ取得の際の質問事項にする意図が

私にはよく分か りません。

英国には昔からこんなジョークがあるそうです。

「世界には2つの人種しかいない。

ひとつは英国民という人種、

もうひとつは英国民になりたい人種」。

さすがグレートブリテン、

移民に対しての国の態度も、

この発想から来ていると思えば納得します。

移民から徴収するビザの申請料は、

かなり重要な国の財源となっているに違いありません。

ニュースで頻繁に『移民(immigrants) 』

という言葉を耳にする時代です。

日本語で『移民』と聞くとすぐに思い浮かぶのは、

アフガニスタンやシリアからの

戦争難民かもし れません。

これまでは私も他人事のように

聞き流していた言葉ですが、

私はこの国での肩書きは『移民』です。

子供たちは英国人とし て認められているので、

家族の中でひとりの移民です。

ニュースで『移民(immigrants) 』という言葉が流れる時は、

何らかの問題や事件に関する

悲観的な内容がほとんどなので、

この言葉を聞く度に自分の名前を呼ばれているようで、

ドキッとしてしまいます。

英国には、戦火を逃れてきた移民や、

社会情勢が不安定な母国から脱出したくて、

なんとか理由をつけて英国にやってきた移民たちの一方で、

世界中から多くの富裕層も移住してきます。

彼らは、自分と家族の命と生活を守るために、

また、よりよい暮らしを求めて、

とてもたくましく、

時にはしたたかに生きています。

彼らと同じ「移民」という肩書を持ち、

同じ国で暮らしていると、

『私たち日本人も、そこにチャンスがないと見極めたら、

生きる場所を自ら変える』

という発想を

もっと自由にもってもよいのかもしれない

と考えさせられるのでした。

家の近くに中東系の小さなお店があります。そこで見つけたラクダミルク。アレルギーとなる成分がなく、栄養価が高いのだそうです

【オールライト千栄美】:1972年石巻市生まれ。イギリス人の夫と長女(16歳)、長男(15歳)、次男(12歳)の5人家族。再生可能な環境開発を専門とする夫と共に、“都会とは全く違う環境で行う、ビジネスマン向けリトリート施設の建設”という構想を抱き、2008年、宮城県と福島県の境にある小さな山里に移住。その構想の第一歩として、“西洋と東洋の伝統に自然を融合させた新しい技術”をコンセプトにした家づくりを2011年3月11日午後2時45分(つまり、東日本大震災勃発の瞬間)まで家族で行う。その後、夫の母国イギリスへ。現在は、オンラインで日本に英語レッスンをお届けする【英語職人】を生業とする。https://chiemiallwright.wixsite.com/online-eikaiwa

2 件のコメント

  • 始めまして。
    在英14年目になる、元ロンドン板前業、調理人…現在専業主婦の移民です。

    永住権は5年間働いた後に結婚前に取れましたが、英語が好きになれないで英国人旦那と娘3歳と6歳でTeddington というところに住んでいます。

    英語職人のちえみさんにセッションをお願いしたいくらい、英語がずーっと苦手です。元々コンプレックスいっぱいで…。他の移民の方々の強かさや、自分を信じる前向きさに驚いている余裕はないくせに、日本人の弱さにまとわれる日々です。移民として清く諦め、包丁を上手に使えるようになったように、英語も生きていく道具として、最低限の自信を得たいと心には思いがあるのに、行動伴ってません。なんだかただの愚痴になってしまい、長文になりそうなので、これで失礼しますが、英語職人は初めて聞き新鮮でした!!^_^

    • レッドランド典子さま

      メッセージありがとうございます!もう長く英国にお住まいなんですね。海外にいると特に、自分の中のいろいろなことに直面しますよね^^;長い冬も終わりました。お互いにイギリスの春を楽しみましょう〜。

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