⑭言葉のチカラ

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

言葉のチカラ

夢をかなえる「HOW TO」などありません。

あるのは「HAVE  TO」と「WANT TO」。

 

かっこいい言葉ですね。

発売中のスポーツ誌「Number」にありました。

ロンドン五輪のボクシングミドル級

金メダリストで現WBAミドル級世界王者の

村田諒太選手を取り上げた巻頭の記事です。

しかし、世間一般には「how to」を求める人は多く、

書店では趣味の本からビジネス書まで

「できる○○」といったタイトルを

よく見かけますね。

私もつい手に取ってしまいます。

しかし、

楽して得られるものってないんですよね。

 

先日の寒い夜、

私は意を決してギターを背負い

ライブハウスに向かいました。

ジャズのセッションに参加するためです。

楽器を持ち寄って、

みんなで好きな曲を演奏する、

という楽しい集まり。

大学時代は軽音楽部に所属し、

長くギターに親しんできた私ですが、

簡単ではありません。

ジャズについては、

学び始めて約1年半。

まだまだ自由には弾けません。

覚えたフレーズを忠実に

再現するのがやっとです。

それでも意を決してステージに向かいました。

怖くても、

それを上回る楽しさがあるからです。

 「聴くだけマスター!ジャズギター・スケール」

「ジャズ・インプロヴィゼーション・

フォー・ギター メロディック・アプローチ」

「3年後、確実にジャズギターが弾ける練習法」

「ギターを3音で制覇するトライアド・アプローチ」…。

数々のギター教則本、

いわゆるhow to本が私の部屋にあります。

加えてレッスンの先生にもらった譜面。

それぞれ、ペンで注釈を書き込んで

頭にたたき込もうとしています。

しかし、どうも身につかない。

やはり実践が必要だ、

セッションだ、

と思い立ったわけです。

 ライブハウスに入ると、

まず紙に名前と楽器、

演奏したい曲を書き込みます。

「粂、ギター、枯れ葉とビリーズ・バウンス」。

一応「初心者です」と

書き添えておきました。

この日は、2つのバンドが演奏し、

その後にセッションを始めるという段取りで、

お客も多い。

出演バンドは手慣れたもので、

スムーズにジャズが流れる。

セッション待ちの人も常連さんらしく、

ステージのバンドに話しかけたりしています。

「アウェーじゃん」。

緊張が後悔に変わり始めます。

セッションの仕切り役の女性ドラマーは

「大丈夫、大丈夫」と

声を掛けてくれますが、

もう帰りたいっす。

名前を呼ばれました。

ジャズのド定番「枯れ葉」です。

私がイントロを演奏すると、

ドラム、ベース、ピアノが入ってくる。

サックスに目配せしてテーマ

(♪枯れ葉よ~、というあのメロディーです)に。

「おぉ、気持ちいい。来て良かった」。

そしてギターソロ。

力んでしまい、

ミスも多発しましたが、

終了後に暖かい拍手が。

その後、

メンバーが入れ代わり立ち代わり何曲かあって、

いろんな人の演奏を聴きました。

締めは、みんな入り乱れて軽快な

「ビリーズ・バウンス」。

思っていたよりもテンポが速くて追いつけず、

これはぼろぼろでした。

でもテーマをサックスとユニゾン

(同じ旋律を一緒に演奏すること)

したときの気持ちよさといったら。

セッションが始まると、

ふつうは「ちょっと待ってもう一回」

とはいきません。

生半可な「how to」で対応できるものではなく、

常に「have to」を突きつけられます。

それを乗り切ったとき「I want to…」と

求めてきたものが、

ちらっと見え始めます。

この瞬間が、

多くの音楽好きをひきつけるのです。

これは音楽に限ったことではないのでしょう、

きっと。

もちろん、

ボクシングの村田選手は

もっと標高の高い場所で、

「have to」「want to」

と言っているのでしょう。

しかし、

こうしたことを言葉にして表現し、

私のような山の麓で

遊んでいるような人間にも

納得させることは、

かなりすごいことのような気がします。

アスリートというのは、

単に体を鍛え、

技術を高めただけの人ではありません。

はっきり言ってスポーツなんて、

遊びの延長です。

そこに見るべきは勝敗よりも、

より高みを目指す

彼ら彼女らの哲学だと思います。

それは、

一流選手が優秀なインタビュアーと出会ったとき、

化学反応のように浮き出てきます。

how to本は必要です。

しかし、それだけでは足りない。

エキスの詰まった言葉と、

自分を追い詰めてくれる現場は

もっと重要です。

ジャズ・ギターは覚えることが多くて大変です

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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