⑬景気の恵方は?

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

景気の恵方は?

「恵方巻き」という節分の食べ物は、

関西人の私にはなじみ深いものです。今

や全国区のものとなりましたが、

ひと昔前までは、

豆まきに比べてはるかにマイナーでした。

実は私、

東京でブレイクの端緒らしきものに

立ち会っているのです。

 

エンジンとなったのは、

「気分」に働きかけるという、

なんともとらえどころのない行為。

苦労している人が多いポイントですね。

物価上昇を起点に景気が回復するという

「期待」に働きかけながら、

成果を上げられないでいる

日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁も

その一人でしょう。

東京・二重橋前にある東商記者クラブ。

大手コンビニエンスストアの広報担当の方から

「知ってますか、恵方巻き」

声を掛けられました。

「知ってるも何も、

子どもの頃から食べてますよ」。

お寿司の太巻きを「恵方」とされる

方角に向かって黙って一本食べ切れば、

御利益があるとされます。

コンビニが2月の商材として

売り出すと聞いて

「え~っ!売れるんですか」と

思わず声を上げてしまいました。

こんな変わった風習が

関西以外で受け入れられるとは

想像できなかったし、

関西人だってそんなに

ありがたがってはいないものでしたから。

当時、流通業界では

百貨店は低迷久しく、

マイカル、ダイエーといった

総合スーパーも窮地に陥り、

再建策を探っていました。

スーパーは「何でもあるけど、何にもない」などと

揶揄されていました。

「あらゆるものが並んでいるが、

買いたくなるものは何もない」

という意味です。

そんな中でもコンビニは比較的好調で、

新しいアイデアを

次々と打ち出していました。

ローソンが、

おにぎりにやたら力を入れ始めたのも

このころだったと思います。

 

そして、恵方巻きは

私の浅はかな予想を超えて、

今や季節商品としての地位を確立したようです。

「なんか面白そう」という気分を

うまく衝いたのでしょうね。

その数年後、

永田町の長老格の国会議員秘書と

景気について話したとき、

彼は「もう、昔みたいにものは売れないよ。

みんな何でも持ってるからね」と言いました。

カラーテレビ、クーラー、

自家用車という必需品は各世帯に行き渡り、

生活を革新的に変えるものは

今後、登場しないだろう、と。

「秘書が議員さんと違うことを

言ってていいのかな」とも思いましたが、

世界的には、

経済成長ありきの考え方はもうだめだ、

これからは脱成長、

新しい経済社会を目指すべきだ、

という議論も出始めていました。

ホームラン狙いではなく、

恵方巻きのようなヒットを

重ねていくのが王道となりました。

そして今、日銀の黒田総裁は

「物価が上がる、

だから早いうちにものを買おうと

思う人が増えれば良い。

その結果、消費が上向き、

企業のもうけが増えて給料も上がる。

そして物価が上がり…」という

シナリオを描いています。

「インフレ期待」に働きかけるのが

戦略の要で、道具は金利。

金利をぐっと抑えれば

「借金をしてでも、

ものを買った方が得だ」と思う人が

出てくるという理屈

(かなり極端に端折ってます)で攻めました。

が、笛吹けど踊らず。

政府が年金制度をしっかりさせないから、

将来のためにも無駄遣いはしたくない、

という「気分」も作用しています。

日銀はこれでもか、と金利を下げ続け、

ついにマイナス金利に突入しました。

(適用されるのは銀行が

日銀に預けているお金の一部です)。

黒田総裁、日銀の論理は

間違ってはいないのでしょう。

しかし、実際の経済は学説通りに

動かないのも確かな事実です。

人間は決して経済学の教科書のように

合理的には行動しない。

そんな人間の性(さが)を研究する

「行動経済学」の第一人者、

リチャード・セイラー氏は昨年、

ノーベル経済学賞を受賞しました。

社会で一番分からないのは人間の行動だ、

という考え方が

今のトレンドということですね。

恵方巻き。

食べ方はコミカルで、

なぜこうなったのかミステリアスです。

これに限らず、

意味不明な習俗や奇祭は各地に残っています。

何か智恵が込められているのでしょう。

よく分からないけど、

とにかく信じて伝統を守っていくと、

そのうち良いことがあるかもしれません。

いまの経済指標を見る限り、

景気は緩やかに回復しているとされます。

しかし、黒田総裁が目指す物価上昇は

身の回りでは見当たりません。

よく分からないけど、

何かが起こっているようです。

恵方に向かって

太巻きを黙って食べているうちに、

良いことにつながるアイデアがひらめくかもしれません。

夫婦岩で有名な伊勢市の二見玉興神社からいただいた節分の豆。景気回復を願う人は今年も多そう

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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