⑩自営業の妻

普通の主婦が突然のうつ病発症!「心の風邪」という言葉が世に出始めた頃でした。約10年の闘病生活から抜け、今年になって自ら一錠の薬も飲まなくなった筆者。この連載は、一度は壊れてしまった主婦が自分だけでなく家族の笑顔も取り戻すための奮闘記です。

⑩自営業の妻

勤めていた会社を退職し、

自営業の家に嫁いだ私は、

誰かに言われたわけではありませんが、

夫の会社の事務所に行って

働くようになりました。

長男の首が座って、

おんぶできるようになった頃からです。

きっかけは、

「電話番だけでいいから

事務所にいてもらうと助かる」と

言われたことかもしれません。

おむつとおもちゃを大きなバッグに詰めて、

グズったらおっぱいを飲ませながら

パソコンにむかいました。

手書きでやっていた請求書や領収書、

売掛買掛のまとめなど

全ての作業を

当時、出たばかりのWindowsに運用させた時には、

やりがいを感じました。

私以外の事務員は雇っておらず、

先代社長の義父はたまに来る程度。

義母は自宅を事務所代わりにして、

家から出勤しない体制で働いていました。

次男が産まれて少し経った頃に、

仕事が回らなくなったので

私がハローワークに求人をだし、

事務員を一名採用しました。

専務の奥さん、

という肩書があった私は、

従業員の愚痴をきく、

中間管理職のような役目も担っていました。

会社全体の総務、経理、雑務など

あらゆる仕事を担当する事に

必死でくらいついていましたが、

その仕事内容に見合う収入が無かった事に、

不満がありました。

私の収入を決めていたのは夫。

保育料の支払いは、

私の収入以上でした。

 

自分の収入が自分のものではない生活が、

なんとなく不満でした。

ただ、当時はそんなことを思う

自分がおかしいと

自己嫌悪になったりもしました。

事務所に自分がいなくても

携帯電話に転送される設定にしたのは、

長男がまだ小さかったころだと思います。

当時、私の東京に住んでいる叔父が

亡くなった時の事。

葬儀告別式に出ている最中にも、

転送された電話が

首にぶら下げた携帯電話に入りました。

「専務は只今外出いたしております。

折り返しこちらからご連絡差し上げますので、

お名前をお願いします」と

言うだけの電話。

東京にまで来て、

しかも葬儀の最中にも

会社の電話の取次ぎをする私に

妹があきれていいました。

「それはあんまりなんじゃないの?」

「いいの。いつもの事だから」

私は妹にも実の母親にも、

二度目になる自分の結婚が

正しかったと思わせたくて、

ひとかけらの弱音もはきませんでした。

 

それでも頑張っていたのは、

「よくできた嫁」「仕事のできる嫁」を

演じていたのかもしれません。

子供たちともっと関わりたかったし、

家の中の事をもっと充実させたかった。

こうして私の行動範囲は、

自宅と事務所と義父母の家だけの

「魔の三角地帯」にとどまっていきました。

(つづく)

【Seiko】    宮城県仙台市出身。高校卒業後は通信関係の会社に就職。23歳で最初の夫と「成田離婚」を経験し、30歳で二度目の結婚を機に退職。石巻市に移り住み、3人の子供をもうけるが、2006年頃から心の病を発症。「うつ病」と診断され、約10年間の闘病生活を余儀なくされる。今年になって自ら一錠の薬も飲まずに生活。現在は懸命に社会復帰を目指している。

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