⑪平成のうちに

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

平成のうちに

締め切りは、あらゆる仕事につきまとい、

絶対守らなければならないもの。

近づいてくると気が重くなりますが、

反対に自分で締め切りを設けることで、

やる気を奮い立たせることもありますよね。

平成は来年、2019年4月いっぱいで終わり、

新しい元号に切り替わります。

平成の終わりを締め切りに設定し、

残り1年余りの間に何をしておこうか、

何を仕上げようか考えるのも

悪くなさそうです。

「あの人モノ(人物紹介)企画、どうなった?」。

うららかな休みの日、

波止場で釣りをしているときに

ポケベル(携帯電話がなかったころの話です)が鳴り、

会社に電話すると

血の凍るような問いかけ。

締め切りの日でした。

「あぁ、えぇと(原稿を)出します。

ちょっと待ってください」。

しかし、すっかり忘れていたので

そもそも準備していません。

焦る。

心地よいはずの潮風がうっとうしい

(当時は髪の毛も多かった)。

とにかく、

釣り竿を片付けて会社に向かいます。

このままでは紙面に穴が開いてしまう、

あぁどうしよう。

「あっ、あれがあった」。

以前にあるイベントで話し込んだ

外国人の大学教授の取材メモ。

先方に断りを入れて

インタビュー記事に仕立て直して出そう、

写真のネガもひきだしの中にある。

現像後の水洗処理がいい加減で、

プリントに苦労しましたが

何とか紙面に耐え得るところまで仕上げ、

原稿と一緒にデスクに手渡し

「おう、ご苦労さん」の一言で落着。

スリリングな展開を切り抜け

「こんなに手早く仕上げられるとは、

俺も成長したな」など

勘違いも甚だしい達成感を味わいました。

当然、当時のデスクは

私が締め切りを忘れていたことなど

お見通しだったと思いますが、

責めることもなく待ってくれました。

そして慌てて書いた出来の良くない原稿を、

何も言わずきちんと手直ししてくれました。

時を経てだんだん図々しくなってきます。

その後、十数年が過ぎたある日。

「あの企画、きょう締め切りだよ。

何時に出せる?」。

記者クラブで受話器を取ると

デスクの冷ややかな声。

環境対策の技術を紹介、解説する企画でした。

「あっ、忘れてた」と

思わず口に出してしまいました。

「どうすんの、100行と写真」

と切り込んできたので、

平謝りしつつ「出します、夕方には」

と言って、退路を断ちました。

さあ、どうしよう。

「あっ、あれがあった」。

少し前に大型の水力発電所を

見に行ったときのメモがありました。

発電時に

二酸化炭素を出さない環境技術である、

という視点でいけるぞ、

写真は撮っている、

少し追加取材して再生可能エネルギーの

世界的なトレンドを添えれば…。

というわけで、切り抜けました。

こざかしいテクニックを

身に付けた生意気な奴に

なってしまったものです。

その後、みんなのメモを集めて

原稿に仕上げる役をしたり、

若手の原稿を手直しする立場になると、

締め切りの重大さを

身をもって知るようになり

「あっ、忘れてた」は、

ほぼなくなりました。

締め切りがとくに集中するのが年末年始、

ゴールデンウィーク、お盆、

といった長期の休みを控えた時期。

世の中が休みだとニュースも減るので、

ふだんはなかなか掘り下げられないこと、

もっと広く知ってほしい、

みんなで考えてほしい、

といったテーマで

記事を書くことになります。

取材もそうですが、

企画立案もなかなか大変。

最終の締め切りから逆算して、

準備を進めると

何段階かの締め切りが

次々に目の前に立ち現れてきます。

「ということは、

今週中にこれとあれをやっておかなければ」

という風に。

だらだらとスタートを遅らせる自分が悪いのに

「盆も正月もなけりゃ、

年中同じペースで過ごせるのに」

と考えることもしばしばです。

このあたりは、

いろんな業界の人に

ご賛同いただけるのではないでしょうか。

とはいえ、

締め切りが迫って、

尻に火が付いて、

火事場のクソ力を発揮することもあります。

そして振り返れば、

実は周囲の人が助けてくれていたり、

幸運が重なって事なきを得て、

どうにか乗り切っているから不思議です。

 

平成の終わりと次の時代の始まりを控え、

いろんな会社やコミュニティーは

準備に走り出しています。

いい時代を迎えよう、と。

そこで手抜きはできませんが、

せっかくの大きな区切りなので、

自分自身でも何かしておこうかと

密かに考えています。

あまり大きなものでは大変だし、

小さすぎてもつまらないし。

う~ん、と考えているうちに

逆算的締め切りがやってくる。

急がねば。

今年のカレンダーは切りのいい平成30年。来年のカレンダーはどうなるのでしょうか

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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