⑩すぐそこにある100年後

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

すぐそこにある100年後

「人生100年時代」という言葉は、

あながち

キャッチフレーズだけでもなさそうです。

医療技術は進歩しているし、

周囲の中高年をみても

一昔前の30代とそう変わらない

「若さ」を保っているようにみえます。

ただ、100歳までの生活費を確保しようとするなら、

70、80歳まで現役で

働く必要がありそうで先は長い。

個人的にはうんざりしますが、

もうすでに、

その道を歩んでいる人はいます。

先日、三重県伊勢市の老舗和菓子メーカー「赤福」で

80歳の会長が返り咲きました。

関西では伊勢名物「赤福」の餅を

知らない人はいないくらい有名なだけに、

ちょっと注目されました。

会長は10年前、

消費期限の偽装問題で

責任をとって辞任しました。

しかし、赤福の株を持つ家族の

資産管理会社を通じて影響力を維持。

社長だった息子を解任し、

後任に奥さん(社長の母)を充ててもいます。

なぜ復帰したのか。

まだ本人に直接取材できていませんが、

会社の広報担当者によると

「次の世代に経営ノウハウを引き継いでいくため」

だそうです。

80歳の次の世代って、

もう十分経験を積んでいると思うのですが、

「まだまだ」ということなのでしょうか。

「あたし、ステーキいただくわ」。

国際協力機構(JICA)の

トップを務めていた緒方貞子さん。

部下とテニスを楽しんだあと、

こう言いました。

80歳くらいのときですよ。

そして、実際に食べたそうです。

10年ほど前に

JICAの人から聞いたエピソードです。

「ああいう人は、

ほんとエネルギッシュなんですよ。

政治家とかもそうでしょ」と。

ちょうどそのころある欧米の雑誌が、

緒方さんとのインタビューをもとに

「日本はこんな高齢の女性を

いつまで第一線で働かせるのか」

というトーンの記事を掲載しました。

緒方さんは

「レディーに年の話なんて」と

不満を漏らしていたそうです。

 

こうした人たちは単なるご意見番ではなく、

まさに現役です。

生き甲斐、働くこと、経験を積むこと、

若くあること、などを

どう関係づけて整理しているのか。

私には理解できません。

 

私が学生のころは

「自分探し」という言葉をよく耳にしました。

良い学校に入って、

有名企業に就職して、

という路線を疑い始めた世代でしょう。

そんな青い悩みなど遠い昔のこと、と

片付けられるようになったところに

100歳時代の到来です。

「どうやって食っていくか」という

切羽詰まった意味も含む「生き方探し」が

重いミッションとしてのしかかってきそうです。

政府や経済学者が人生100年時代を語るとき、

彼らの頭の中には

「長生きはリスク」というメモが

ピンで留められています。

病気にかかりやすくなり、

介護が必要になる。

その上、生活費をまかなう年金や医療保険制度は、

持続が困難な状況にある。

早くこの問題に片をつけておかないといけない。

政府は「年金100年安心プラン」とうたいますが、

内容は楽観的な予測に基づいたもので

むしろ不安だらけ。

「100年先のことなんて分からない。

みんなそう思ってんだろ、

じゃあこれでいいじゃん」的なプランです。

 

私の長男は2000年生まれで、

長女は2004年生まれ。

彼らが100歳を迎えるのは

2100年、2104年です。

私にとってはおとぎ話のように遠い未来ですが、

今の子どもたちにとって2100年、

そして22世紀は手の届く将来。

そのときになって、

彼らが「なんで、こうなってしまったのか」と

途方に暮れないようにしたいものです。

「人生100年時代」という言葉は

登場したばかりですが、

決して長期展望の話ではなく、

今やっておくべきことがある、と

強く訴える言葉でもあります。

政府にしては、

なかなか良いキャッチフレーズを考えたものですね。

津市内にある、よく分からないショーウインドウ。高齢者から見た青春を表現するとこうなるらしい

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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