⑧心の伸びしろ

東日本大震災が起きるまでは、福島県との県境に近い宮城県丸森町の里山で、家を手作りし、自給自足に近い生活を送っていた5人家族。原発事故の一報を受け、夫の母国、イギリスへ渡ることを決断。着の身着のまま日本を脱出したあの時から今日までを妻であり母である、チエミが振り返ります

心の伸びしろ

 

この記事をフランスで書いています。

ここ数年のオールライト家の恒例となっている

「オフライン週間」として、

フランス北部に1週間滞在中です。

私も夫のギャビンさんも、

在宅で仕事をしている為、

油断すると1週間全く外出しないことがあります。

16歳、15歳、12歳の子供たちも、

家にいるとスマートフォンや

パソコンの画面に向かってしまうので、

彼らの冬休み開始とともに家を離れ、

普段とは違う空間で

とにかく家族でべったり過ごすという、

いわば1週間がかりで行う、

オールライト家の忘年会のような行事です。

日本と同じ島国として

例えられることが多いイギリスですが、

実は、イギリス―フランス間の最短直線距離はわずか20km。

大昔は陸続きだったというから

なんだか不思議な感覚です。

我が家からイギリス南部のドーバー海峡まで車で30分、

そこからフェリーに車ごと乗って約1時間20分で、

フランス北部のカレー港に到着します。

首都圏郊外から東京までの通勤と

変らない感覚かもしれません。

イギリスよりも若干物価が安いので、

日帰りでフランスに来て

日用品などをまとめ買いして帰る

イギリス人も多いと聞きます。

いつも泊まるのは、

「ホリデーホーム」と呼ばれる宿泊施設。

一軒家だったり、

アパートの様な集合住宅の場合もあります。

基本的な設備(バストイレ、台所、ベッドルーム)が

揃っていていますが、

タオルやシーツ、掃除用具などは

持参するケースも多く、チェックアウトの日には

自分たちで掃除をして帰るという、

いわば、完全セルフサービス宿泊施設で、

驚くほど格安です。

プール付きの施設も多く、

“普通の暮らしの延長線上で、

ちょっとした非日常が楽しめる”という点で、

私はすごく気に入っています。

特に夏は、

ほとんどといってよいほどのヨーロッパ各国の人々が、

このような施設で数週間~数カ月を過ごすようです。

食事や掃除の時間が決められている

ホテル滞在よりもゆったりと、

自分のペースで好きに過ごすのが

ヨーロッパ人の好みなのだと思います。

もしかして、昔日本で盛んだった「湯治」に

似ているかもしれません。

私が小さい頃、冬になると、

祖父母が布団や鍋を持って、

宮城県北にある鳴子温泉に

数週間の湯治に出かけていたのをよく覚えています。

昨年もここフランスで、

同じ時期に同じ場所に滞在しました。

ある大型チェーン店のスーパーで買い物をしたら、

こんなことがありました。

レジで会計をしていたところ、

レジ係の女性が、

1本のシャンパンの値段で手こずっていました。

バーコード登録されていなかったようで、

商品番号を入力しても値段が出てきません。

いろいろ試してもダメで、

そのレジ係の女性は店長をよびました。

店長もいろいろ試しましたが

それでも値段が出てきません。

すると次の瞬間、その店長が、

“Merry Christmas ”と言って、

私たちにそのシャンパンを手渡してくれました。

その後にフランス語で、

「クリスマスプレゼントだよ」と言っていたそうです。

数日後の私たちの結婚記念日のために

ギャビンさんが選んだ、

買い物かごの中で一番高価な商品です。

個人商店ならまだしも、

そこはフランスで一番メジャーな大型スーパー。

度肝を抜かれ、ぽかんとした私ですが、

夫のギャビンさんは、

“Thank you , Merry Christmas to you too.”と

そのシャンパンをすんなりと

気持ちよく受け取りました。

きっとギャビンさんがその店長の立場だったら、

同じことをするのだと思います。

しかし、こんな「柔軟性」に慣れていない私は

ずいぶん長い間驚いていました。

何かと『画一化』から恩恵を受ける昨今ですが、

自分個人の責任において、

こんな『伸びしろ』を持てるって、

なんて勇気ある、

そしてなんて粋なことだろうと思いました。

定められたラインを超える勇気と判断力、

これこそが、AI時代がやってきても

決してロボットにはマネはできない、

人間が人間であることの証として

守るべきものなのかもしれません。

異国のスーパーの、

見知らぬ店長の何気ない行為に、

偉大な『何か』を感じた私でした。

【オールライト千栄美】:1972年石巻市生まれ。イギリス人の夫と長女(16歳)、長男(15歳)、次男(12歳)の5人家族。再生可能な環境開発を専門とする夫と共に、“都会とは全く違う環境で行う、ビジネスマン向けリトリート施設の建設”という構想を抱き、2008年、宮城県と福島県の境にある小さな山里に移住。その構想の第一歩として、“西洋と東洋の伝統に自然を融合させた新しい技術”をコンセプトにした家づくりを2011年3月11日午後2時45分(つまり、東日本大震災勃発の瞬間)まで家族で行う。その後、夫の母国イギリスへ。現在は、オンラインで日本に英語レッスンをお届けする【英語職人】を生業とする。https://chiemiallwright.wixsite.com/online-eikaiwa

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