⑦自由を謳歌!の果てに

普通の主婦が突然のうつ病発症!「心の風邪」という言葉が世に出始めた頃でした。約10年の闘病生活から抜け、今年になって自ら一錠の薬も飲まなくなった筆者。この連載は、一度は壊れてしまった主婦が自分だけでなく家族の笑顔も取り戻すための奮闘記です。

自由を謳歌!の果てに

離婚しても実家に帰ることができず、

そのまま一人暮らしを始めた私は、

心機一転、

色々な事にチャレンジしようとしていました。

しばらく「恋愛」はいらない!

これまで経験したことがないものに

挑戦しようと決めました。

 

まずは、毎週日曜日に

山形蔵王まで行くスキースクールに入会。

ワンシーズンで

SAJスキー検定の三級を取得しました。

また、地域リーダーの育成や

地域おこしを目的に

宮城県が主催する「青年の船事業」

(後に「創造の翼事業」と改名)に

会社から特別休暇をもらって参加。

30歳までの男女が豪華客船で

二週間生活をしながら寝食を共にし、

いろいろな訓練をしました。

訓練後、船は宮城県を出発し、

中国に行く予定でしたが、

天安門事件があって韓国へ変更。

私は24歳で年齢は上の方でしたが、

とても楽しい経験でした。

さらにある時、

中学時代の友人と再会し、

彼女の義理のお母さんが経営する

仙台の国分町にあるスナックバーに

連れて行ってもらいました。

以来、ママは離婚を経験した私を心配して、

「仕事が終わったらしばらく

ここに帰っておいで」と言ってくれました。

私はそこで、

ママやお客さんたちの会話に聞き入って、

大人の事情を学んだつもりになっていました。

忙しくなると、

水割りをつくったり氷を砕いたり、

カラオケのデュエットもお相手して、

お店のお手伝いをするようにもなっていました。

 

ひょんなことから

「トライアスロン」という競技についても

話を聞くことがあり、

とても興味をもちました。

高校時代は水泳部でしたし、

走りにも自信がありました。

自転車は経験がありませんでしたが、

一種目だけではないところに惹かれました。

丁度その年の暮れには、

ホノルルマラソンに初挑戦しようと

女友達と話していた時でしたので、

「仙台トライアスロンクラブ」に

入会することにしました。

お仲間の皆さんがとても心優しく、

大会に参加する際には車にのせてくださったり、

一緒に練習会に行ってくれました。

トライアスロン競技に没頭する事で、

自分が強くなれているような錯覚がありました。

順位より完走できる事を重要視するように

私には思えたので、

そこも好きだった理由です。

クラブの中には、

「もっと真剣に練習したら

早くなるのにもったいない」と

言って下さる方もいらっしゃいましたが、

当時の私は、

「人に勝つより自分に勝つ」

そういう競技として

楽しみたかったのだと思います。

 

こうして6年ほどが経ちました。

気ままな一人暮らしは、

自由で楽しかったのですが、

やりつくした感じがしました。

つらくなってきたのは29歳の時。

このまま30代に突入していいのだろうか?と

自分自身の生き方に疑問を持ち始めました。

周りの友人はどんどん結婚していく。

同級生で独身は

数えるくらいになっていました。

そんな時に、

また実母からお見合いの話がきて、

私の心は揺れ動き、

二度目の結婚へと流されていくことになります。

 

やはり、周りを気にしていたのは、

自分自身なのかもしれません。

【Seiko】    宮城県仙台市出身。高校卒業後は通信関係の会社に就職。23歳で最初の夫と「成田離婚」を経験し、30歳で二度目の結婚を機に退職。石巻市に移り住み、3人の子供をもうけるが、2006年頃から心の病を発症。「うつ病」と診断され、約10年間の闘病生活を余儀なくされる。今年になって自ら一錠の薬も飲まずに生活。現在は懸命に社会復帰を目指している。

 

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