⑦仕事の重み

大手新聞のベテラン記者が、世の中の出来事や自らの仕事、人生について語ります。私生活では高校生の長男と中学生の長女を持つ父。「よあけ前のねごと」と思って読んでみてください(筆者談)

仕事の重み

かつて

「らい病」と呼ばれたハンセン病の患者は、

つい最近まで国から

過酷な差別と抑圧を受けてきました。

1960年には感染力はきわめて弱く、

治療できると分かったのに、

患者を家族からも引き離し

終生隔離する根拠とされた「らい予防法」が

廃止されたのは96年。

国家的な人権蹂躙を批判し、

差別を受けた人に寄り添う報道も

数多くなされてきました。

その中で、

鋭くも謙虚な姿勢でなされた仕事に出会いました。

三重テレビ放送の報道制作局長、

小川秀幸さんの『かけはし ハンセン病回復者との出会いから』

(近代文芸社)という本です。

小川さんは、

2001年ごろからハンセン病をテーマに取材を始め、

ドキュメンタリー番組をいくつも制作しました。

その中で伝えきれなかったことも含めて

まとめたのが同書で、

09年に出版されました。

ページを繰ると、

その視点の確かさに、

嫉妬を覚えつつも感服せざるを得ませんでした。

私は小川さんご本人から

この本をいただきました。

きっかけは三重テレビが出した

短いプレスリリース。

優れたドキュメンタリー映像作品を顕彰する

「地方の時代映像祭2017」で、

同社の番組『大ちゃんと為さん~あるまちの風景』

(2016年12月放映)が「選奨」という賞を

受けたというものでした。

どんな内容の番組か気になって、

電話で聞いてみると

「あるまち、というのは

ハンセン病回復者の療養所のことで、

大ちゃんと為さんは三重県出身者」

とのことでした。

業界他社がほめられた話ではありますが、

小さくても記事にして載せることにしました。

自分にはできないことに取り組んでいる人を

少しでも応援したいと思ったからです。

私は初任地の高松市で、

ハンセン病を間接的に取材したことがあります。

間接的というのは、

回復者の話の聞き書きをするため

瀬戸内海の島にある療養所に

通い続ける人への取材だったからです。

その方は当時、すでに高齢でしたが、

学習図書のセールスマンをしながら、

聞き書きした内容を本にまとめ、

地元の子どもたちを療養所に案内する活動もしていました。

「回復者の方々は高齢で、

記録を残すための時間は少なくなっている」という

問題意識と熱い使命感にあふれながら、

あくまでも穏やかな人柄に私は打たれました。

長時間のインタビューに応じていただき、

我ながら良い記事が書けたと思いました。

しかし、ここまで。

その後、私は療養所に足を運ぶこともなく

転勤してしまいます。

後悔が残りました。

 そんなこともあって、三重テレビの受賞は

私にはまぶしいものでした。

紹介記事を掲載したあと、

すぐに小川さんから礼状と本が送られてきたので

一気に読んでしまいました。

心に刺さったのは、

ハンセン病回復者の声、

すさまじいエピソードを取り上げる一方で、

彼らを療養所に送り込んだ

三重県庁の担当官2人にも

取材していたことです。

担当官は、患者に療養所行きを告げ、

その後の段取りをつけるのが仕事。

家族を引き裂くのです。

不条理だと分かっていても

法律で定められたことは執行しなければならないし、

送り込む人数が少ないと叱責される。

当然とても重い苦悩を抱えています。

やがて、担当官たちは療養所からの

里帰りなどのために奔走し、

ハンセン病回復者との間に

家族のような絆がはぐくまれてゆくのです。

担当官は差別されてきた人たちと、

差別する側、

あるいはそれを見過ごしてきた社会との

「かけはし」となりました。

そこには差別される側の赦しもあったのでしょう。

一方で、ある回復者は

「差別をするのは人間だけ。動物は差別をしない」と

指摘しています。

仕事とか法律とか、

そんなものを超えて人としてどうあるべきか、を

語りかけてくる内容です。

差別をなくそう、とは誰もが言います。

なぜ差別がいけないのか、

それが何をもたらすのか、

乗り越える道はあるのかを伝えることは

ジャーナリズムの重要な使命の一つです。

そのためには、

確かな視座を持って丁寧に事実を拾い上げ、

提示するという重労働が不可欠です。

情報番組のコメンテーターのひと言なんて、

いくら気の利いた分かりやすいものであっても

軽すぎて、響いてきません。

最近、小手先で仕事をする私も反省しきりです。

 

さて、三重テレビは

『大ちゃんと為さん~』を

12月30日の正午から再放送します。

番組は三重県でしか見られませんが、

小川さんの著書『かけはし~』は、

amazonで検索したところ表示されました。

入手可能なようです。

『かけはし ハンセン病回復者との出会いから』。表紙の写真は療養所のある島に架けられた橋

粂 博之(くめ・ひろゆき)

1968年生まれ、大阪府出身。関西学院大学経済学部卒。平成4年、産経新聞社に入社。高松支局を振り出しに神戸総局、東京経済部、大阪経済部デスクなどを経て2017年10月から単身赴任で三重県の津支局長に。妻と高校生の長男、中学生の長女がいる。

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