⑥8万回のお念仏

東日本大震災で被災し、避難所で3ヶ月、仮設住宅で3年間暮らしたお寺の和尚が、奇跡の一本松や巨大なベルトコンベアで全国に知られることとなった故郷、岩手県陸前高田市のことを書いていきます。フレンチブルドッグのハナさんは震災でかつての愛犬を亡くした和尚のために、妻と娘たちが連れてきてくれた新しい相棒です

8万回のお念仏

震災で多くの人が亡くなった。

何かできることはないか?

僧侶である私にできるのは、

宗祖の「ただ一向に念仏すべし」の教え通り、

南無阿弥陀とお念仏をお唱えすることしかできない。

 

そう思い、始めたのが念仏会(ねんぶつえ)。

被災して、使えなくなった本堂を直して

平成25年1月、

たった1人で始めた念仏会も

毎月11日の月命日に

お檀家さんと一緒にお勤めできるようになり

来月で60回目を迎える。

南無阿弥陀仏の「南無」とは

「おすがりいたします」という意味。

つまり「阿弥陀仏におすがりいたします」ということで、

阿弥陀様のお力添えを頂いて、

亡くなった時には極楽へ導いてもらう。

「南無阿弥陀仏」とお唱えすると、

西方極楽浄土へ行くことができるという教え。

これを最初は30分、約1600回。

途中からは20分、約1000回に変更し、

合計約8万回のお念仏をお唱えした。

青年会のメンバーや知り合いも参加してくれ、

大勢の人達に支えられながら

5年が過ぎようとしている。

滋賀県の青年会がお米を持ってきてくれて、一緒にお念仏を唱えたこともあった

市内では未だに203人の方々が行方不明である。

亡くなった方々の安らかならんことを

行方不明の方が一日も早く

身元が確認されることを祈りながら、

私は念仏会を続ける。

菅原瑞秋(すがわら・みずあき)

1958年生まれ。岩手県陸前高田市にある浄土寺の住職。以前は併設の幼稚園で園長も務めていたが、東日本大震災で寺は大規模半壊、園舎は跡形もなく流され現在休園中。奇跡的に家族の中には犠牲者が無かったが、愛犬一匹を失い、自身も避難所で3カ月、仮設住宅で3年間の生活を余儀なくされた。最大規模の被災地にある寺の住職として、犠牲者の魂や遺族たちの心を支え続けている。現在は妻と震災後にやってきたフレンチブルドッグのハナちゃんと生活。3人の子どもたちは成人し、それぞれ東京などで暮らしている。

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