⑤石巻で家を買う~坂の上編

東京でフリーライターをしていたアラフォー独身女子。東日本大震災を機に東北へ通い始め、2015年にはついに単身、宮城県石巻市へ移住。現在は庭付き中古一軒家を購入し、会社も設立。愛猫のふーちゃんとふたりで大海原へ漕ぎだした、そんなドキドキハラハラな毎日を記していきます 

石巻で家を買う

ちょうど2年前、

東京から宮城県の石巻という街に引っ越してきました。

震災後、ボランティアで何度も通った場所。

その過程で人とのつながりもできた街です。

とはいえ、石巻が大好きだから、

たまらず引っ越してきた、

という感じではありません。

これまでも、

大阪→小笠原→東京→上海→東京

と流浪の人生。

どの場所も基本は「住めば都」、

好きな景色や好きなスポット、

好きな人たち、というのは必ず存在したので、

土地や街へのこだわりは

それほどないのが正直なところです。

そんな私が今回は、

人との縁やタイミング、という

自分では計り知れないものに導かれ、

移住して2年目に、

家まで購入してしまいました。

車1台分程度と超破格値ではありましたものの、

自分の中では今のところ最も高価で、

最も賢いと思われる買い物です。

石巻駅から徒歩15分の山の上にある

築50年越えの二階建て一軒家。

勾配45度はあろうかという急な坂道は

車一台がギリギリ通れるほどの幅で、

対向車が来たらどちらかが大きくバックして、

道を譲らなければなりません。

とはいえ、

昔は高級住宅街と言われた一等地だったとか。

そう言われて見渡してみると、

たしかに豪邸というほどではありませんが、

どのお宅にもよく手入れされたお庭があり、

品の良さを感じさせる街並みです。

だから地元では、

「あんな不便なところに!」とあきれる人と

「あんな一等地に!」と驚く人が二分。

実際はどうかというと、

今は前者の感覚が、

物件や土地代に反映されているようです。

だからこそ私みたいな者にでも、

ゲットすることができたのでしょう。

このエリアを開拓し、

最初に住み着いた世代は既に90代超え。

今はその子ども、60~70代のご夫婦が

細々と暮らしていらっしゃるという印象です。

そこで関心事は、みなさん、

買い物や何かはどうしていらっしゃるのだろうということ。

おそらく宅配や介護サービスなどを

上手に使っておられるのでしょうが、

自分が年をとっても独り暮らしの場合を思うと、

若干、不安になってしまいます。

しかしながら、

近い将来やってくる超高齢化社会では、

高齢者一人ひとりが自立して暮らさなければ、

国全体がやっていけません。

こんな坂ぐらい幾つになってもピンピンと、

スキップするように登れなければ!

そして最後はコロリといきたい。

坂の上の家に住み始めたことで、

目標のひとつである「ピンピンコロリ」が、

より現実味を帯びて迫ってまいりました。

そしてもちろん、

いいところも。

車通りが少ない分、とても静か。

山が岩盤でできているので地震の際も揺れが小さく、

万一、津波!となっても

高台なので安心していられます。

(つづく)

坂を上りきったところにある我が家。2階からは石巻の街中を一望、愛猫・ふーちゃんのお気に入りの場所です

塩坂佳子(しおさか・よしこ)

1970 年生まれ、大阪府高槻市出身。関西学院大学文学部卒業後はアルバイトなどを経験し、25歳でフリーランスのライター兼編集者として開業。2000年に大阪を出て、友人が住む小笠原諸島父島へ。釣り船の手伝いなどをして島暮らしを満喫、その様子を雑誌に連載するなどして2年間の長期滞在を楽しんだ。その後、板橋区へ移住し、東京でのライター・編集業を本格始動。主な仕事は結婚情報誌「ゼクシィ」や「婦人公論」などで執筆。出版社との契約で中国上海市に1年間駐在、現地編集部の立ち上げと雑誌創刊などにも関わった。

東日本大震災後は、震災ボランティアとして宮城県を中心に訪問。2013年には、上海在住のイラストレーター・ワタナベマキコと共に、東北の名産品をユニークなキャラクターにした東北応援プロジェクト「東北☆家族」を立ち上げ。東京に住まいながら活動を続け、2015年秋に宮城県石巻市へ移住。2年間は主に石巻市産業復興支援員として、復興や地方再生を促す街の情報発信を担当した。2017年9月には自分の会社を設立。現在は、自宅兼オフィスとして購入した築50年の庭付き中古一軒家をDIYでリノベーションしながら、愛猫・ふーちゃんと共に新生活をスタートさせたばかり。

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