①瞬間の決断

東日本大震災が起きるまでは、福島県との県境に近い宮城県丸森町の里山で、家を手作りし、自給自足に近い生活を送っていた5人家族。原発事故の一報を受け、夫の母国、イギリスへ渡ることを決断。着の身着のまま日本を脱出したあの時から今日までを妻であり母である、チエミが振り返ります

『人生、何があるかわからないもの』

私たち家族は長年の東京暮らしを終え、

第三子の誕生とともに、

私の実家がある宮城県で暮らすことにしました。

2005年のことです。

仙台に一旦落ち着きましたが、

長女の小学校入学を期に、

宮城県と福島県の境にある小さな山里の集落に移住を決めました。

3人の子どもたちをできるだけ小規模な小学校に入れたいということと、

自分たちで住む家を自分たちで建てたいという願いを叶えるためでした。

まずは、ガスも電気も水道もない場所に小さなプレハブ小屋を置き、

雑木林を開墾するところからのスタート。

再生可能な環境開発を専門とするイギリス人の夫は、

日本の里山や伝統建築に惚れ込んでいて、

ほとんどの作業を手で行い、

竹で編んだ土壁と土間、

極力自然素材以外は使わないという方法で、

作業開始から約3年が経った2010年には、

なんとか住めるまでになりました。

その間、我が家を訪れて作業に手を貸してくれた人の数は実に、200人以上。

友人、知人だけでなく、

旅の途中で人づてに聞いてやって来たという放浪者たちが、

宿代わりに長期滞在しながら作業を手伝ってくれたり、

大学のゼミの研修で一度に20名もの大学生たちが

定期的にやってきてくれたこともあり、

我が家にはいつも家族以外の「誰か」が一緒に暮らしていました。

予想外の苦労と想定外の強運に翻弄されながらも、

とても濃厚な日々でした。

井戸を掘るところから自分たちで作った宮城県と福島県の県境にある里山の家

そして2011年、東北ではまだ山に雪が残る3月、

「あの瞬間」がやって来ました。

立っていられないほどの衝撃で、

周囲の大きな建物がコンニャクのようにグニャグニャと揺れる中、

私の頭の中にまずよぎったのは「やっと来てくれたか」という思いでした。

大規模な宮城県沖地震が起きる確率は95%以上と言われて久しく、

宮城県民の頭の中には常にその恐怖があったのです。

だからきっと「これさえ終わってくれれば、

またしばらくは安心して暮らせる」という思いが

とっさに頭をよぎったのでしょう。

「出られる人から出るのが他の人のため」

その後徐々に明らかになった被害の大きさは、

多くの人の予想をはるかに超え、

後に、被災者と呼ばれることになる東北の人たちは、

一瞬にしてさまざまな判断を迫られました。

福島原発が損壊し、危険な状態だと聞いた我が家の判断は、

「とにかくここから離れ、できるだけ遠くに行く」ということでした。

迷っている余裕はありませんでした。

友人や親戚の力を借りて関西地方に向う途中、

ちょうど5日が経過した頃でしょうか、

やっと石巻に住む両親の安否が確認され、

そこで私たちはまた新たな決断を下しました。

いったん日本を出て、夫の母国、イギリスに行くことにしたのです。

とにかく色々なことが頭をよぎりましたが、

その時点では、「きっと数週間で戻れるだろう」と思っていたし、

「災害時は、外に出られる人から出ていくことが他の人のためだ」と

きっぱり言い切る夫の言葉にはとても説得力がありました。

そう決めてから24時間以内に、夫以外の家族のパスポートを作り、

5人分の旅費をなんとか工面。

今から考えれば、ありえないほど無茶な行動ですが、

「瞬間の決断」の線上では、単なるステップに過ぎず、

止まらずに物事を転がしていくには、

とにかく行動するしかなかったのだと思います。

あれから6年、これを書いている今は2017年秋。

やっと、遠い目をしてあの時のことを振り返ることが出来るようになりました。

誰もが人生のさまざまな地点で「決断」を迫られることがあります。

それは多くの場合、予期せずに突然やってきます。

ひとつ言えるのは、「決断を下した時点では、正解も不正解もない」ということです。

それを正解にするかどうかは後に本人が決める事なのだと思います。

自分たちで掘った井戸の水や自分たちで調達してきた薪に支えられる生活から一転、

オールライト家は今、イギリスで、水道もガスも電気も、

お金さえ払えばどんどん使えてしまう環境で暮らしています。

決して思い描いていたような生活ではありませんが、

地震や原発のせいにして日々を憂うのはもう疲れたので、

「オールライト家劇場」の主演者のひとりである自分自身が、

舞台いっぱい駆け回った方が楽しそうだ、と思うようになりました。

【オールライト千栄美】:1972年石巻市生まれ。イギリス人の夫と長女(16歳)、長男(15歳)、次男(12歳)の5人家族。再生可能な環境開発を専門とする夫と共に、“都会とは全く違う環境で行う、ビジネスマン向けリトリート施設の建設”という構想を抱き、2008年、宮城県と福島県の境にある小さな山里に移住。その構想の第一歩として、“西洋と東洋の伝統に自然を融合させた新しい技術”をコンセプトにした家づくりを2011年3月11日午後2時45分(つまり、東日本大震災勃発の瞬間)まで家族で行う。その後、夫の母国イギリスへ。現在は、オンラインで日本に英語レッスンをお届けする【英語職人】を生業とする。https://chiemiallwright.wixsite.com/online-eikaiwa

1 個のコメント

  • オールライト家の「history!」何が正解で、、!?
    判断の誤りって無いですね!
    不思議に、急いでも、、!遠回りしても、、!
    いい塩梅に、、!
    positive thinking!オールライト家を中心に地球が回ってるようで、楽しみですね!!(^-^)v(^o^)v\(^o^)/

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